今日の日経新聞ピックアップ(2022/10/26)

  1. 迫真冬のスタートアップ3 「未上場株、日本は高止まり」
    ・「日本の未上場企業の株価は高いままだ」。香港を拠点とする投資ファンド、タイボーン・キャピタル・マネジメントの日本株投資責任者、持田昌幸は戸惑いを隠さない。2022年に入り、上場間近の「レイター期」にあたるスタートアップへの出資を軒並み見送っている。
    未上場企業の株価は資金調達時の条件を基に更新される。この条件は会社とベンチャーキャピタル(VC)などの既存株主で決めるケースが多い。日本は「前回の調達時より株価が下がるのを絶対に避けたいという文化がある」と持田は言う。
    ・年間経常収益(ARR)2億円の会社に、評価額120億円で出資してもらえないか――。米資産運用大手フィデリティを母体とするVC、エイトローズベンチャーズジャパンには日々、こんな打診が舞い込む。代表のデービッド・ミルスタインは株式市況などを踏まえ「高すぎて検討もできない」と打ち明ける。上場株と比べた未上場株の割高感が強まると、新規株式公開(IPO)など出口戦略(エグジット)の難易度は増す。
    ・もう一つのエグジットであるM&A(合併・買収)でも難しい決断を迫られる。「サービスや地域雇用を継続するため、ギフティの子会社になる」。衣料品ブランドの立ち上げを支援するpaintory(ペイントリー、岡山県津山市)が9月に開いたオンライン会議。社長の片山裕太は参加した出資者にこう報告した。
    ・ペイントリーは16年の設立。新型コロナウイルス禍で損益は赤字が続いていた。その中で4月、ギフティから提携の打診を受けた。ペイントリーの企業価値を約2億円と算定し、同額の借入金と約20人の社員を引き継ぐという条件を提示された。
    ・創業期から出資してきた大和企業投資の社長、平野清久は「起業家は事業会社傘下で挑戦を続けられる」と片山の決断に理解を示す。株式価値はゼロ。痛みは伴う。
    スタートアップ投資はリスクを抱える。VCファンドは投資先の全てでリターンを獲得できるわけでなく、ある程度の損失は想定の範囲内だ。だがエグジットが視界不良になれば、余裕はなくなりかねない。
    ・08年に起きたリーマン・ショック時は新興企業の倒産が相次いだ。ジャフコの執行役員、佐藤直樹は「VCも追加出資の余力がなく、多くが撤退した」と振り返る。真冬への備えは欠かせない。
  2. 起業都市福岡、11年目の模索 有望企業育成もIPOゼロ
    課題は世界視点 香港系がファンド

    スタートアップ育成に注力してきた福岡市が次の一手を模索している。2012年9月の「スタートアップ都市」宣言から10年。企業価値が10億円を超える有望新興は40社を上回ったが、24年度の目標に掲げる100社はまだ遠い。宣言以降に創業した会社の新規株式公開(IPO)もゼロだ。世界視点の支援が課題となるなか、香港系の投資会社がファンドを新設する動きも出てきた。
    ・13日に福岡市で開かれた交流イベント「明星和楽」。高島宗一郎市長らが参加し、10年間の歩みを振り返った。「『ごめんなさい』をした方が良いなと思っている」。登壇者の一人、小笠原治・京都芸術大教授が切り出すと会場は静まりかえった。ベンチャーキャピタル(VC)代表も務める小笠原氏は「もっとグローバルな視点を持って支援にあたるべきだった」と課題を挙げた。
    ・福岡の取り組みに一定の成果は出ている。特区認定を受けてスタートアップの法人税負担を軽減。17年には起業支援施設「Fukuoka Growth Next(FGN)」を開設した。7月末までに累計560社が入居し、資金調達総額は281億円に上る。
    ユニコーン(企業価値10億ドルを超える未上場企業)を目指し、前段階として同10億円超の企業の育成に取り組んできた。3月末時点では市内で41社だ。スタートアップ情報データベースのイニシャルによると、福岡県に本社を置く企業の過去10年の資金調達額は計726億円と全国で5番目に多かった。

    本社を移転
    ・起業支援都市としての知名度も高まった。メルカリの自転車シェアリングサービス「メルチャリ」を引き継いだneuet(ニュート)は10月、本社を東京から福岡市に移した。家本賢太郎社長は「あらゆる人が事業を応援してくれる。こんな経験はない」と語る。
    ・FGN出身のHMS(福岡市)は企業価値10億円を超える。ロボットを動かす際に必要な人工知能(AI)カメラに強みを持ち、このほどふくおかフィナンシャルグループ(FG)傘下のVCなどから3億円を調達した。胡振程社長は「若い起業家がひしめく環境に身を置けたことは刺激的だった」と振り返る。
    ・九州大学発のスタートアップも相次ぐ。九大は他大学やVCと連携し、起業支援やアントレプレナーシップ(起業家精神)の育成に取り組む団体も設立している。蚕を活用したワクチン・診断薬を手掛けるKAICO(カイコ、福岡市)は、開発した新型コロナウイルスの検査キットを福岡市へ寄付した。
    ・一方で過去10年に創業した会社のIPOはない。ハードルとして繰り返し指摘されるのが人材不足だ。福岡市は民間企業と組んで専門人材をスタートアップに紹介し、人件費の一部を補助している。だが、財務や経営企画といったコーポレート人材の獲得は難しいとの声は根強い。

    資金流出も
    ・資金供給面をみると、福岡市に本拠を置くVCの投資総額は21年末に477億円と10年間で4.9倍に膨らんだ。ただ、マネーは域外にも流出している。あるVC首脳は「リターンを考えると東京のスタートアップが魅力的に映る」と明かす。
    VCは資金面だけでなく、経営指南や人材ネットワークの構築といった面でも重要な存在だ。13日の明星和楽に登壇した連続起業家の孫泰蔵氏は、福岡のスタートアップが世界展開を目指すための指導役として「グローバルファンドの誘致が必要」と指摘した。
    ・福岡には香港系の投資会社、MCPジャパン・ホールディングスが拠点を置く。投資責任者の山下慶祐氏は「成長期に入った企業に投資するファンドはまだ少ない。一方で企業価値の上昇余地は大きく、魅力的な投資先が十分ある」と語る。主に九州・沖縄の企業に投資するファンドを22年内にも立ち上げる方針だ。
    ・福岡が次の10年にIPOやM&A(合併・買収)の活性化など、目に見える成果を残せるかどうか――。多くのヒトとカネを呼び込むには、スタートアップ側が魅力的な技術やサービスを磨くことも不可欠になる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です