会社選びもタイパ
会社と社員 変わる力学(上) 若手、新興への転職18倍
成長もタイパ、居心地に背
(日経新聞 2023/12/6 朝刊記事)
会社と社員の力関係が変わってきた。人手不足や転職の増加で主導権が従業員に移り、若手や中堅は職場環境が良くても成長機会の乏しい組織に背を向ける。資本市場も人材を育てられる企業に投資を絞り始めた。社員の「自立」が企業に新たな生き残りの条件を突きつける。
希望の職種、少ない残業、同僚もいい人ばかり。絵に描いたような「ホワイト職場」だった。でも会社を辞めた。
金田直純さん(28)は電機大手を退職し、3月にソフト開発の中堅、マネーフォワードに転じた。理由は年功序列を基にした職場の「緩やかな時間」だ。管理職に就けるのは早くても30代後半から、評価は同年代で横並び。「ここにいると社外で通用しなくなる」。不安が募り、居心地のいい会社に別れを告げた。
新たな職場では製品の性能試験を任されている。20代の管理職も多い。日々の新たな要求に応えるたび、自分の技能が磨かれていることを実感する。「高速道路に乗り換えた気分。3倍のスピードで成長できる」
4人に1人退職
企業と従業員の関係が変化している。社員は生活の安定と引き換えに、異動や処遇で会社の「支配」を受け入れてきた。だが、若手や中堅が会社に求めるのは安定よりも自分の成長に変わった。転職をスキルの習得できない職場からの「脱出」と位置付け、成長にもタイムパフォーマンス(時間効率)を追求する。
タイパの象徴が大企業から新興企業への転職だ。エン・ジャパンの34歳以下を対象とした転職支援サービスでは4~9月に大手から新興に転じた人が5年前の18倍になった。年齢に関係なく大きな仕事を任され、速く成長できるとして若手が引き寄せられている。
厚生労働省によると、2020年に入社した大企業の大卒社員は3年以内に4人に1人が辞めた。10年前の5人に1人よりも多い。企業は残業時間の削減など職場環境の改善で引き留めようとするが響かない。
社員が自社の労働環境を評価する情報サイト、オープンワークによれば、21年までの約10年間で平均残業時間は月46時間から24時間に半減した。「待遇面の満足度」も5段階評価で2.6から2.9に高まった。
半面、成長についての満足度は下がり、「20代成長環境」への評価は3.0から2.9に低下。大企業中心の銀行や鉄鋼の落ち込みが目立つ。職場のホワイト化と成長への期待が反比例している。リクルートワークス研究所の古屋星斗氏は「法令順守に厳しい大手ほど長時間の職場内訓練(OJT)が難しくなった。成長への不安を感じて辞める若手が多い」と指摘する。
自己防衛も強まる。パーソルグループによると、スキルアップなどへの20代の自己投資額は22年に平均約9万8千円と6年前より56%増えた。
動くKDDI
「『石の上にも三年』は通用しない。組織の新陳代謝を早めないと人材を引き留められない」。KDDIの木村理恵子人財開発部長は語る。
大企業も動き始めた。KDDIは20年から仕事の内容で待遇を決める「ジョブ型雇用」を導入した。入社から管理職になるまでの時間を最短8年から2年に縮めた。部下のいる30代前半の管理職は23年に4年前の10倍に増えた。
今春に営業部門の管理職に就いた杉原稔さん(32)は6人の部下を持つ。半数は年上だ。「以前は会社に貢献しても報われるのは数年後。努力が評価に反映されるまでの時間が短くなって成長への意欲が高まった」と話す。リコーや住友商事も昇進に必要な年数を短縮し、20代でも管理職になれる制度を導入した。
社員の会社からの遠心力はかつてなく強まっている。少子高齢化で人材不足はさらに深刻化する見込み。多様な働き手に向き合った上で処遇や育成の横並びから脱し、社員の成長を支援できない企業は存続すらおぼつかなくなる。