中小企業の賃上げに繋がる価格転嫁は進むのか
中小の価格転嫁を促す 公取委、企業に交渉指針
長期据え置きは摘発も 賃上げ後押し
(日経新聞 2023/11/30 朝刊記事)
公正取引委員会は29日、受注企業が発注企業との取引で受け取る対価について価格転嫁を促すための指針を公表した。順守しない場合、独占禁止法の違反につながる。中小の賃上げに向けては人件費も含めたコスト上昇分の価格転嫁を大企業が受け入れることが欠かせない。公取委の監視の目も活用して大企業の対応を促す。
日本は企業の99.7%を中小企業が占める。賃上げに向けては大企業が中小との取引で支払う対価を適正にして、中小の賃上げ余力を保つ必要がある。このため公取委は企業間の取引の交渉時に、企業が守るべき12の行動指針を示した。
発注者には、まず価格転嫁の判断は現場任せにせずに経営トップが決めることを求めた。受注者の下請け企業の転嫁状況など、サプライチェーン(供給網)全体を把握することや、受注者に適切な転嫁方法を提案することも責務として挙げた。
指針では受注者と定期的に協議の場を設けるほか、受注者からの要望があった場合にすぐに応じることを要請した。それらに応じずに支払価格を長年低く据え置くと、優越的地位の乱用といった独禁法上の違反行為や下請法の「買いたたき」行為になる恐れがあるとした。
受注者側にはまず、価格交渉の際に最低賃金の上昇率といった客観的な公表データを用いることや、それをもとに自らの希望額を示すことを求めた。全国の商工会議所など相談窓口の積極的な活用も挙げた。
発注者と受注者の双方には価格交渉時の記録の作成や、それぞれの企業での記録の保管などを求めた。
公取委の担当者は「指針に沿わない行動をとった場合は厳正に対処する」と話す。違反企業に対して、独禁法や下請法違反での摘発をいとわない考えだ。
経団連がまとめた2023年の賃上げ実績は大手企業が3.99%で、中小企業は3%だった。岸田文雄首相は経済界に24年春季労使交渉(春闘)で23年を上回る水準の賃上げを実現するよう要請した。その実現には中小企業の賃上げ率の底上げが不可欠だ。
価格転嫁が進めば、中小の経営に賃上げ余力が生まれる。中小企業庁が算出する「発注者が中小企業に対し、コスト上昇分の価格転嫁にどれだけ応じたか」を示す価格転嫁率によると、9月は45.7%だった。
内訳では人件費などの労務費が36.7%にとどまった。中小にとって人手不足による人件費増を転嫁するのが難しい実情が浮かぶ。
そもそも日本は企業の大小を問わず、コスト上昇を価格に転嫁しようとする動きが鈍い。三菱総合研究所によると、コストの上昇分が消費者物価にどれだけ反映されたかを示す転嫁率は日本の製造業が72%、サービス業が29%だった。米国はそれぞれ78%、100%だった。特にサービス業の転嫁が遅れている。
デフレ期が長引き、日本の産業界ではコストを価格に転嫁するのではなく、コストそのものを削減しようという慣行が一般的だった。公取委側にも10年代の安倍政権時代に賃上げ機運が高まった際に、十分に労務費の転嫁を監視しきれなかったとの反省がある。
三菱総研の森重彰浩主任研究員は「民間の賃上げ機運を途切れさせないためにも、政府や公取委が後押しすることには意義がある」と指摘する。今後は企業に対し指針の順守を徹底させるなど、実効性を担保することが重要だ。
政府は補助金や税制面からも中小企業を支援する。23年度補正予算では、中小に対して5000億円程度の予算を確保。中小がIT(情報技術)機器などの設備投資をする際、かかる費用の補助などに使う。中小の労働生産性を高める狙いだ。
従業員の給与を増やした企業の法人税負担を軽くする「賃上げ促進税制」については、24年度から中小企業がより使いやすい制度に変えることを検討する。