SAFのハブを目指す シンガポール、タイ、マレーシア
東南ア、再生航空燃料活況
原料は廃食油、ハブ空港で需要
(日経新聞 2023/06/07 朝刊記事)
東南アジアで再生航空燃料(SAF)を生産する動きが広がっている。SAFは各国の脱炭素政策や航空会社の導入増加を背景に、今後も需要が伸びる見込みだ。供給不足が課題となるなか原料調達がしやすく、ハブ空港を抱えて市場拡大が予想される東南アジアは、SAFの生産拠点として適しているとの判断が各社の相次ぐ投資につながっている。
SAF製造最大手であるフィンランドのネステは5月に16億ユーロ(約2400億円)を投じてシンガポールの精製工場を拡張し、SAFの生産を始めた。これまでシンガポールで再生可能ディーゼル燃料などを生産していたが、SAFは生産していなかった。
2023年中にシンガポールでSAFを年100万トン生産できる体制に増強し、世界全体でのSAF生産能力をこれまでの10万トンから150万トンに引き上げる。26年上期には世界で220万トンに拡大する計画だ。
SAFの種類は複数あるが、現時点で大量生産が可能なのは「水素化処理エステル・脂肪酸(HEFA)」といわれる生産方法だ。主に廃食油(使用後の食用油)や動物性油脂を加工した燃料で、ネステはいち早くこのHEFA方式で事業を拡大してきた。
同社のマッティ・レームス社長兼最高経営責任者(CEO)は日本経済新聞の取材に対し、シンガポールをSAFの主要生産拠点に選んだ理由を「原料調達と物流の観点で適している」と説明した。アジアは中国など食用油の消費量が多い国が集まっており、シンガポールをSAFの原料調達や供給網のハブとして活用する。
アジア太平洋地域でSAF事業を統括するサミ・ヤゥヒアィネン氏は「現段階では政策が整った欧州や北米を中心にSAFの利用が進んでいる」とした上で、「長い目で見ればアジア太平洋地域の成長性は高い。シンガポールはアジア市場への供給に適した場所だ」と強調。原料調達だけでなく将来の供給の観点からも重要な拠点だと述べた。
ネステは独ルフトハンザや仏蘭エールフランスKLM、米アメリカン航空などにSAFを提供している。日本では伊藤忠商事と販売契約を締結し、伊藤忠を通じて全日本空輸(ANA)や日本航空(JAL)にSAFを販売している。シンガポールで生産するSAFは世界各地へタンカーで輸送するほか、ハブ空港として知られるシンガポールのチャンギ空港に乗り入れる航空機に供給する。
こうしたSAFの導入や生産に向けた動きは、東南アジア各国でも広がりを見せる。マレーシアの国営石油会社ペトロナスは25年にもSAFの生産を始める。マレーシア航空は5月下旬、マレーシアの航空会社として初めてペトロナスとSAFの取引契約を結んだ。27年以降に定期便に導入する。ペトロナスはマラッカ工場からクアラルンプール国際空港へ直接SAFを供給する計画だ。
現地メディアによると、タイでは再生可能エネルギー大手エナジー・アブソルート(EA)が約20億バーツ(80億円)を投じてSAFの日産能力を65トンから130トンに拡大する方針だ。国営石油精製大手バンチャークもこのほど、SAFの利用促進に向けてタイ国際航空との覚書を締結した。バンチャークは22年に廃油からSAFを生産する子会社を設立しており、効率的な利用に向けた技術開発などで協力する。
アジアでSAFの生産が活況な背景には、将来的な需要拡大に加え、国際団体や政府の政策がある。国際民間航空機関(ICAO)は国際線の航空機が排出する二酸化炭素(CO2)を24年以降は19年比で15%削減し、50年までに実質ゼロにする方針を打ち出している。欧州連合(EU)は域内で供給する航空燃料に一定比率以上のSAFの混合を義務付ける。この方針に沿って世界の航空会社でSAFの導入や使用拡大が相次ぐ。
マレーシア政府は50年のカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)政策を打ち出し、ペトロナスも同じ目標を掲げる。シンガポール政府は航空機のSAF使用義務化やインセンティブ導入などの利用促進策を検討している。
タイ政府は循環型の産業育成に重点を置いた「BCG(バイオ・循環型・グリーン)政策」を掲げている。タイでは22年に約1億1500万リットルの廃食油が発生しており、多くは生活排水として捨てられたとみられる。SAFは材料に廃食油を使うため、利用が普及すれば環境の改善にもつながると期待されている。
SAFの利用拡大に向けた最大の課題は供給量の少なさだ。世界全体のSAFの供給量は20年時点で年6万キロリットルと、ジェット燃料の0.03%程度しかない。国際航空運送協会(IATA)の試算では、ネットゼロ実現のために50年に必要となるSAF供給量は約4.5億キロリットルで達成の壁は高い。
現在主流のHEFA技術では使用済みの食用油などを原料とするが、油や油脂類の供給には限りがある。廃棄油の収集体制の整備やSAFの原料となる植物油の生産拡大だけでは今後の需要増に追いつかない。
SAF原料として廃プラスチックなどの都市ゴミやバイオエタノール、水素を活用した合成燃料といった研究が進む。将来的には合成燃料由来であるSAFの供給拡大も見込まれており、競争力のある航空燃料の開発に向けた各社の競争が続きそうだ。
航空、再生燃料で連携 排出ゼロ目標、利用「8~9割必要」
世界の航空大手が持続可能な再生航空燃料(SAF)の取り組みで連携する。国際航空運送協会(IATA)は6日、2050年に二酸化炭素(CO2)実質排出ゼロの目標を達成するには「(航空燃料に占める)SAFの利用が80~90%必要」との試算を公表。SAFの生産・調達について加盟する約290の航空大手で連携する基本方針を固めた。
IATAはCO2実質排出ゼロ達成には約4.5億キロリットルのSAFが必要だと試算する。足元では北米や欧州、東南アジアを中心に、世界30カ国、130以上のSAF生産プロジェクトが動いている。
28年には南米やオーストラリア、日本などにも生産地が広がり、世界の生産量は23年見込みの4倍の6900万キロリットルとなる見込みだ。
化石燃料由来の航空燃料の2~4倍に高止まるSAF価格を下げるには国際連携が不可欠だ。SAFの原料となるバイオマスや廃食油などは特定の地域で生産・収集した方がコストを抑制できる。
IATA幹部は「世界の航空大手同士でSAF利用をクレジットとして融通し合える仕組みも今後検討する」と話す。