つなぎ融資「ベンチャーデット」というSVBの役割
起業エコシステムに穴
SVB破綻で革新停滞
(日経新聞 2023/03/20 朝刊記事)
シリコンバレーバンク(SVB)の経営破綻で、有力テクノロジー企業を生むエコシステム(生態系)が揺らいでいる。創業40年の地方銀行は黒子としてベンチャーキャピタル(VC)と起業家をつなぎ、新規株式公開(IPO)ブームとテック相場を裏側で支えてきた。今後は未上場の成長企業「ユニコーン」創出が鈍るのは避けられない。マネー流入が細れば、起業を通じたイノベーションの停滞を招く。
米連邦預金保険公社(FDIC)管理下でSVBの事業を引き継いだ「シリコンバレー・ブリッジ・バンク」が13日から営業を始めた。預金の引き出しや給与の振り込みが可能になったほか、SVBと結んだ既存の融資契約も履行されたという。有力VCゼネラル・カタリストのヘマント・タネジャ最高経営責任者(CEO)は投資家や起業家に「総資本の半分をSVBの口座に戻そう」と呼びかけた。
こうした呼びかけを冷ややかにみる向きもある。SVBの破綻はVCや企業が一斉に預金を引き出したことが一因だからだ。さらにシリコンバレーには政治の介入をよしとしない風潮がありながら、結果的に政府の支援で救われた。それでもタネジャ氏が声をあげるのは、SVBの穴は他の金融機関では埋められないと考えているからだ。
1983年創業以来、SVBは老舗IT(情報技術)のシスコから、仮想通貨交換所のコインベース・グローバルまで多くの企業の成長を支えてきた。22年に上場した米VC投資先のうち、44%はSVBと取引関係があったという。いまや米上場企業の合計時価総額のうち、3割はテック銘柄が占める。その多くは創業時や上場前にSVBの支援を受けてきた。
ある新興企業が新サービス開始のタイミングで株式発行による資金調達を予定していたとする。ところが開発が遅れ、手元資金が尽きる可能性が出てきた。サービス開始時期と増資を半年先送りして開発を続ける運転資金があれば――。そうした「悩み」を解決するのが、SVBが得意とするつなぎ融資「ベンチャーデット」だ。
創業間もない企業のキャッシュフローは赤字だ。返済原資は株式発行による資金調達しかない。ここでSVBの強みが生かされる。現地の大手VCと深い関係にある同社は、融資予定の企業が次のラウンドで調達できるのか、VCに直接確認する。VCが出資を約束すれば、貸し倒れリスクはほとんどない。21年実績の純貸し倒れ損失率は0.2%にとどまった。
過剰流動性がIPOの風景を変えた。米VCによる出資は急速に膨らみ、21年には過去最高の3440億ドル(約45兆円)を記録。SVBなどがスタートアップ企業への融資額を同じように拡大した。起業家は潤沢な手元資金のおかげで上場時期を先延ばしでき、未上場ながら10億ドル以上の企業価値を持つ「ユニコーン企業」が大量に生まれた。
創業から上場までの年数(中央値)は2000年比3倍の8年に伸びた。上場前に事業を拡大する余裕ができ、IPO時の時価総額は同5倍の38億ドルに膨らんだ。VCは上場時に多額の売却益を得て、それが再投資の原資となった。SVBもこの好循環の恩恵を受けていた。21年、顧客の預金額はグループ全体で1890億ドルと5年前の5倍弱に拡大した。
ところが事態は暗転する。22年以降の金融引き締めと株安でIPOは不振に陥った。新興企業はVCの追加出資や上場による調達が難しくなるなか、21年のVC投資ピーク時に蓄えていた預金の取り崩しを迫られた。預金流出の対応で後手に回ったことがSVB破綻の一因だ。
23年もIPOは低調だ。つなぎ融資で頼りになったSVBも破綻に追い込まれた。新スポンサーの下で新規融資に乗りだしたとしても預金量減少で貸し出し基準を厳格化する可能性がある。「融資活動が破綻前の状態に戻るまで2~3年はかかるだろう。起業家の資金調達のハードルは上がる」。現地のVCペガサス・テック・ベンチャーズ創業者のアニス・ウッザマン氏はこう予想する。
テック比率の高いナスダック総合株価指数は21年11月、史上最高値をつけた。米電気自動車(EV)メーカー、リヴィアン・オートモーティブが時価総額860億ドルで上場した時期だ。有力企業の相次ぐIPOは機関投資家や個人のマネーを呼び込み、相場を押し上げた。IPO不作の23年、ナスダック指数は高値から2割安の水準で推移しており、いまだに弱気相場のなかにある。
シリコンバレーは01年のITバブル崩壊や08年のリーマン・ショックといった危機を乗り越え、社会にイノベーションを与え続けた。そこにマネーが集まり、株式相場も急騰した。今回の危機はカネ余りで緩んだ規律をただす好機となる。ただSVB破綻で空いた穴は意外に大きい。資金の流れが停滞すれば、イノベーションを阻害し、米国の競争力の源泉を揺るがしかねない。