中小の事業承継M&A進まず…
承継の崖、中小の力生かせず
M&A、廃業の1%どまり 社長は平均71.6歳
(日経新聞 2023/03/06 朝刊記事)
国内雇用者数の7割を占める中小企業の廃業が止まらない。廃業件数は過去20年間で3倍近くに膨らむ。新型コロナウイルス禍で財務も悪化し、事業承継の切り札と期待されるM&A(合併・買収)は廃業数の1%にとどまる。貴重な技術などを持つ中小企業を次世代に引き継ぐことができなければ、日本経済の損失は大きい。
~中略~
手数料の負担重く 売買仲介の機能不全
東京商工リサーチによると、22年の休廃業・解散件数は前年比12%増の4万9625件。02年(1万8031件)の2.8倍になった。このうち、損益が黒字のまま廃業した企業は55%を占める。02年に61.5歳だった社長の平均年齢は22年、71.6歳に上昇した。中小には優れた技術を持つメーカーや訪日外国人をひき付ける旅館なども多い。廃業の加速は地域の衰退を通し日本の産業競争力を揺るがしかねない。
中小企業は経営者の親族や役員・従業員が引き継ぐことが一般的だったものの、人材難や資金負担が円滑な承継を妨げる。そこで第三者によるM&Aが承継促進の切り札として期待されている。1990年代に日本M&Aセンター、ストライクなど民間のM&A仲介会社が相次ぎ設立された。
政府も後押しする。06年に中小企業庁などが策定した「事業承継ガイドライン」でM&Aの手法を紹介した。21年には5年間の「中小M&A推進計画」をまとめ、買収監査の費用を補助するなどの強化策を盛り込んだ。
レコフ(東京・千代田)によると、未上場企業が対象の事業承継M&A(対ベンチャーを除く)は22年に677件と全廃業数の1%にすぎない。中小企業庁が19年に打ち出した年間6万社以上(個人事業者含む)とする第三者承継の目標に及ばない。相手を探したり、資産内容を調べたりする際の仲介手数料の高さが普及を阻む。
手数料は譲渡価格の数%が相場とされる。規模が小さな会社同士の案件は調査や書類作りなどの業務負担に見合わないとして、仲介が敬遠されがちだ。多くは最低手数料を2千万円程度に設定する。これが払えるのは年商5千万円以上の企業とされ、360万社程度ある全国の中小事業者の30%程度にとどまる。零細企業は蚊帳の外に置かれている。
中小自体の経営にも課題は存在する。IT(情報技術)化の遅れがボトルネックとなっている。10年代に登場したオンラインで売り手と買い手をマッチングするサービスは、利用が伸び悩む。サービス提供のトランビ(東京・港)で、地域イノベーション事業のプロジェクト推進責任者を務める片山大一郎氏は「デジタルに慣れていない高齢の中小オーナーは自分で相手を探すことができず、廃業せざるを得ない」とサポート体制の乏しさを指摘する。
「保護対象」意識強く 支援に偏り成長阻む
1963年の中小企業基本法の制定以降、政府は大企業との格差を念頭に中小企業を保護の対象とすべき弱者とみなし、税制や資金繰りなどで経営支援を講じた。事業革新や雇用維持といった一定の効果があった。
段階的な改正で成長も重視される一方、支援に偏りがちな姿勢が残り新陳代謝を遅らせるとの意見は根強い。中小企業とみなされると、法人税率の軽減など様々な税制優遇や補助金が受けられる。明治大学の山本昌弘教授は「規模が大きくなり優遇対象から外れることを懸念し、中小はM&Aの活用を手控えがち」と説明する。
同族経営を重視しがちな姿勢も承継のハードルとなる。中小企業基盤整備機構の調査では「M&Aによる事業売却に抵抗感がある」と答えた経営者は全体の4割に達した。M&A支援会社インクグロウ(東京・中央)の石垣圭史副社長は「地方には、会社を売った人はいまだに『金の亡者』と周囲から後ろ指をさされる風潮がある」と話す。次の時代に会社を残すために、国も経営者もこれまでの姿勢を問い直す時期に来ている。
事業承継M&A
オーナーや社長などが一定程度の株式を売却するM&Aのこと。高齢化に伴う、中小企業の後継者不足を解決する手法として注目されている。最近では異業種などからM&A仲介に参入する事業者が増え、M&A支援機関の登録数は約3000件にのぼる。
会社によって提供サービスの水準や手数料の体系はばらつきがある。知識のない中小企業が適切な事業者を選ぶのは難しい。M&Aを成立しやすくするため、譲渡企業の価値を実態より安く算定するといった仲介会社による利益相反の可能性も指摘される。中小企業庁はM&Aの情報提供受付窓口を設けている。悪質な事例が見つかった場合は、登録を取り消す制度の導入も検討している。