ディープテック創業への大学支援の動き
先端技術の起業増やす
東工大、5月にも専門組織設立
(日経新聞 2024/3/27 朝刊記事)
東京工業大学は5月にも、博士課程で学ぶ大学院生の起業を支援する専門組織を設立する。気候変動対策や量子コンピューターといったディープテック(先端技術)分野で有望スタートアップの創出を狙う。大学の起業家育成は学部生向けが中心だった。手薄だった院生向けの環境を整え、ディープテックで先行する米欧を追う。
東工大は専門組織「Tokyo Tech Startup STUDIO(トウキョウ・テック・スタートアップ・スタジオ)」を立ち上げる。学内での公募や教授の推薦を通じ、初年度は10人程度の候補人材を選ぶ。2~3年後をめどに起業を目指す。
スタジオは業務委託したデザイナーやエンジニアなど10人程度の外部専門家で構成する。候補人材の研究内容を踏まえ、事業計画の立案や製品の試作、資金調達などをサポートする。
背景には「博士人材の技術や能力を生かしきれていない」(担当の進士千尋特任教授)との問題意識がある。東工大では年300人程度が博士課程を修了し、大半は研究職に就くか企業に就職する。起業はわずかだ。
特にディープテックは事業化に資金と時間がかかる。東工大はベンチャーキャピタル(VC)と連携するなど起業支援に力を入れてきたが、比較的手軽なアプリ製作などのスタートアップを起こす学生が多かった。東工大が学生起業プログラムで支援した案件のうちディープテック分野は7%程度にとどまる。
スタジオは学部生や修士課程の院生も支援対象とするが「博士課程まで研究を積んだ院生を中心に募りたい」(進士特任教授)という。東工大が強い気候変動対策や量子コンピューターといった分野で年3社程度の創出を目指す。
先輩の知見伝授
神戸大学は博士人材向けに、事業戦略や財務戦略を学べるビデオ教材の提供を24年度にも始める。開発を主導した科学技術イノベーション研究科の山本一彦教授は「研究成果を事業化する武器を身につけてほしい」と狙いを説明する。
同研究科はディープテック分野の起業家育成を担う。開設から8年間でスタートアップ10社を創出した。起業を果たした先輩経営者からノウハウを聞き取り、マーケティングや知的財産に関わる教材も順次開発する。
博士人材はディープテック企業の経営に欠かせない科学技術の知見を持つ。ビジネス感覚や顧客目線が加われば、有望なシーズ(種)を生かしたスタートアップを増やせる。起業後の円滑な資金調達や大企業との提携にもつながる。
海外では博士人材が存在感を示している。米スタンフォード大学が米国のユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)521社を調べたところ、創業者が博士号取得者だった比率は23%を占め、学士(38%)に次いで2番目に多かった。
米国は博士人材などの研究者が起業を選ぶキャリア形成が浸透している。大学は起業経験を持つ教員を多く抱え、ノウハウを教えるプログラムも豊富だ。一方で文部科学省の調査をみると、研究者の起業支援プログラムを持つ日本の大学は8%にとどまる。
米国の100分の1
この結果、有望企業の育成で大きく水をあけられた。内閣府によると、日本のディープテック分野のユニコーンは23年10月時点で5社。米国(534社)の100分の1にも満たない。
危機感を募らせたVCも動き出す。ビヨンドネクストベンチャーズは24年10月、海外の大学院の博士課程で学ぶ研究者らを対象にした起業支援プログラムを始める。
医療や食品など幅広い分野で事業化に挑む研究者を対象に1人あたり数百万円を支給する。博士人材のコミュニティーを運営するtayo(タヨウ、横浜市)などと候補者を募り、24年度は10人程度を選抜する。
量子コンピューター、ロボット、核融合発電……。多岐にわたるディープテックは未来の経済や社会を大きく変えうる。それを支えるスタートアップの創出は国の長期的な競争力を左右する。