出向+起業という道
「出向起業」眠る技術に光
大企業の社員、退職せず新会社
(日経新聞 2024/1/25 朝刊記事)
東レや日揮ホールディングスなどの大企業の人材が退職せずに出向の形で新会社を立ち上げる「出向起業」が成果を出し始めた。大きな組織では埋もれそうなテーマに焦点を当て、外部の資金やノウハウを取り込んで事業化する取り組みで、スタートアップ育成の新形態となりそうだ。
「東レは毎年新しい素材を開発しているが、採用されずに埋もれているケースも多い。新たなファッションビジネスを創りたい」。出向起業を利用してMOONRAKERS TECHNOLOGIES(東京・中央)を2023年11月に創業した西田誠代表(53)は力を込める。
西田氏は1993年に東レに入社。99年には開発したフリース素材を「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングに飛び込み営業し、同社との協業を推進した。2004年に先端素材を活用したアパレル事業を社内で立ち上げ、7年で年商50億円規模に成長させた実績を持つ。
今回、社内事業ではなく、出向起業を選んだのは、素材メーカーとしての東レの立ち位置が関係している。消費者向けビジネスの経験が乏しいことに加え、高機能の繊維を使った衣料品を自ら販売すると、顧客のアパレル企業と競合関係が生じてしまう。
そこで西田氏は出向起業を志願。東レに数年分の人件費以上を拠出する出資と出戻りルートを認めてもらった上で、個人資産で新会社を作り転籍した。ベンチャーキャピタル(VC)の出向起業スピンアウトキャピタル(東京・中央)、東レグループなどを引受先とする新株予約権を発行し1億円弱を調達した。東レの大矢光雄社長は「新しい働き方に挑戦する社員を応援するために出資を決めた」と話す。
実績は既に出ている。東レが宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同開発した高機能素材を使用し、臭い、べたつきなど汗の不快要素を抑制する衣料品を開発した。クラウドファンディングで購入希望者を募り、累計2万枚以上を販売した。
足元ではスーツケースなど衣料品以外の商品開発も進む。今後も東レの先端素材を軸に外部技術を組み合わせた新規素材を3カ月ごとに投入。それを使った新製品やコラボ商品の発売を毎月計画する。西田氏は「単独ブランドでは困難なファッション産業の変革を様々なブランドとの共創でなし遂げたい」と話す。
日揮の白沢光純(こうや)氏(31)は23年9月、建設会社の業務のデジタル化を手掛けるコンクルー(東京・品川)を立ち上げた。クラウド経由でソフトを提供するSaaSを通じて、職人探しや受注・請求など間接業務、図面の共有など施工管理を1つのシステムで完結できるサービスを4月に始める計画だ。
白沢氏は17年に日揮に入社後、液化天然ガス(LNG)プラントの制御システムの設計などを手掛けた。20年に新規事業を企画するチームに異動。建設職人や中小建設会社に聞き取りし「紙の帳票が多く残るなど非効率な業務が足かせとなっている」と感じたことが、着想の基になった。
ただ、日揮本体とのシナジーが薄く、国の出向起業補助金制度を活用することにした。
「支払いまで完結できるようにしてほしい」。1月中旬、白沢氏は東京都大田区の中小工務店を訪れ、試験提供中のシステムの使い勝手を聞き取った。工務店の経営者は「職人不足が深刻化する中、人材探しや現場の情報共有が効率化できるのは有り難い」と期待を寄せる。白沢氏は「将来は日揮の海外拠点を生かして東南アジアに進出したい」と意気込む。