スタートアップ融資の良い変化

迫真育て新興 銀行が挑む
「黒字化してから」今は昔

(日経新聞 2024/1/16 朝刊記事)

「まさか条件がほぼ変わらないなんて」。小型衛星開発のQPS研究所の最高執行責任者(COO)、市来敏光は2023年7月、三井住友銀行からの融資提案を受けて内心驚いた。条件交渉中に衛星打ち上げの失敗があったが、それでも融資条件がほとんど変わらなかったためだ。成長投資が膨らみ、事業はまだ赤字だというのに。

QPSは高精細のレーダーを活用した小型地上観測衛星で独自の技術を持つ。年明けの能登半島地震では政府に地上観測画像を提供。災害やインフラ管理で需要拡大が見込まれ、将来の売り上げの見通しが立ちやすかったのは確かだ。

赤字やアクシデントは続いたが、三井住友銀でスタートアップ融資を担う成長事業開発部長の高橋潤は自ら福岡まで出向いて市来らと面談し「この国に必要とされる技術を持ち、経営者の熱意も十分」と確信した。地銀などの協力を取り付け、23年10月に50億円の協調融資をまとめた。

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少し前までは「スタートアップから融資の要請が来ても『黒字化してから来てください』だった」(大手銀幹部)が、銀行の姿勢は一変した。三井住友銀は23年度からの3年間で1000億円超を融資する計画を立て、三菱UFJ銀行も24年度からの中期経営計画でスタートアップ向け融資の倍増を検討する。

みずほ銀行常務執行役員の大櫃直人は、創業初期で赤字だった時代のメルカリへの融資を決めた新興融資のパイオニアだ。銀行がスタートアップ支援に力を入れる理由について「日本経済の閉塞感が背中を押した」と話す。「成長を求めない企業」の増加にショックを受け、貪欲に成長を目指す企業に手を差し伸べなければ銀行の将来も危ういと判断した。

政府が22年に「スタートアップ育成5カ年計画」を発表したことも大きい。全国銀行協会は23年にスタートアップ支援に関する申し合わせを公表。融資判断は担保や実績だけでなく「事業価値や将来性を踏まえて行う」とした。ベンチャーキャピタルなどの資本の出し手が増えたことも、追い風となった。

メガバンクでスタートアップ融資はいまや花形の部署だ。みずほ銀行は23年度にスタートアップの営業員を前年度比2倍近い300人体制にした。三菱UFJ銀も次期中計で関連人員を3割程度増やすことを検討する。

スタートアップへの融資は大企業向けとは勝手が異なる。三井住友銀では成長性や経営者の資質などを評価軸として、表面的な財務情報だけでは融資できない企業に融資する際の指標を設けた。

三菱UFJ銀では赤字企業でも成長性を評価して融資する例が増え、「10年前とは隔世の感」(成長産業支援室長の岩野秀朗)との声が漏れる。

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スタートアップ企業も、親身になって融資してくれた銀行は忘れない。「みずほ銀が最初にリスクをとってくれたことが転機だった」と語るのはアルバイト仲介のタイミーの最高財務責任者(CFO)、八木智昭だ。赤字が続き、銀行から「また来年来てください」と断られ続けていた時代に、みずほ銀の担当者は熱心に話を聞いてくれた。

みずほ銀からの融資が決まったのち、ほかの大手銀からも次々に資金を調達。赤字のスタートアップとしては異例となる180億円を22年に複数行から借り入れ、翌年にはさらに130億円の融資枠を設定された。タイミーはこれを元手に事業を成長軌道に乗せた。

戦後の成長期には、三菱銀行(現在の三菱UFJ銀行)が創業間もないホンダを危機から救って成長を後押しするなど、銀行が世界で戦う日本企業を育てた。しかし、バブル期に不動産融資に傾倒し、平成金融危機では貸しはがしや貸し渋りが批判を浴びた。

東洋大学教授の野崎浩成は「銀行は失敗を許容することが何より重要だ」と指摘する。大手銀の担当者によれば「小粒な企業に力を入れる必要があるのか」という声は行内でまだ根強いという。スタートアップ融資拡大は「減点主義」と呼ばれた銀行カルチャーを変える挑戦にほかならない。

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