これからの働き手に『就社』意識はない
会社と社員 変わる力学(下) 若手育成、指導役は元社員
人材囲い込みからシェアへ
(日経新聞 2023/12/7 朝刊記事)
「このビジネスが誰の課題を解決できるのか徹底的に考えて」。10月下旬、双日が都内で開いたビジネスコンテスト。若手社員抜てきの登竜門で、優れたアイデアは実際に事業化される。プレゼンに矢継ぎ早に突っ込みを入れるのは幹部でも同僚でもない。会社を去った退職者だ。
渡雄太さん(36)もその1人。2014年に5年勤めた双日を退社した。現在は東北大学で大学発スタートアップの支援を手掛ける。「嫌で辞めたわけではない。古巣の若手と付き合うのは刺激になる。指導した若手といつか協業したい」
フリーランス7割増
退職した元社員との交流組織を立ち上げる企業は増えたが、退職者に若手の指導を依頼するのは珍しい。橋本政和常務執行役員は「これからの働き手に『就社』意識はない。自立する社員を応援し、退職後も関わり続ける環境づくりが自社の利益になる」と語る。
「社員」の範囲が急速に広がっている。これまでは会社と一対一で結びつく正社員が中心だったが、働き方が多様化し、会社は退職者やフリーランス、副業の従事者らと複線でつながり始めた。優秀な社員を育てて自社だけで囲い込むやり方から、他社との「人材シェア」への転換だ。
人材サービス大手のランサーズによると、副業従事者や自営業者を含むフリーランスは21年に1577万人いる。15年比で7割増え、いまや労働力人口の2割に達する。リクルートが5万5千人を対象にした調査では転職経験のない働き手は2割に過ぎない。
デジタル化などで産業構造が変化し、企業活動で必要になる知識や技能は日々変わる。自社だけでは賄いきれず、社外の人材といかに協力できるかが競争力を左右する。
キリンなど12社副業で連携
人材のシェアは大手企業でも進む。
キリンホールディングスや三菱ケミカルグループ、日本郵政、小田急電鉄など12社は23年、副業人材を相互に受け入れた。自社内で不足する専門知識などを補い合う。
小田急は観光客の誘致を担う部署などにパーソルグループなどから社員6人を受け入れ、自社の1人をゆうちょ銀行に送り出した。「社外の目で自社の課題を見直すことがイノベーションにもつながる」(同社)。これまでに約40人がこの仕組みを通じて副業を経験した。
オンラインでフリーのプロ人材と企業などを仲介する「スキルシェア」も利用が増えている。大手のココナラの顧客は約3万社。シェアリングエコノミー協会の試算では32年度のスキルシェアの国内市場は最大で22年度比10倍の2兆8000億円まで拡大する。
神戸大学の大内伸哉教授は「会社の指揮・命令で働くという伝統的な雇用の前提は崩れた。あらゆる働き手がスキルを磨いてプロ人材を目指す社会になる」と語る。
日本は少子高齢化による人手不足と並行し、会社と社員の力学も変化する大変革期を迎えた。社員が旧来の組織のくびきを脱しつつある。多様な人材に活躍の場を提供し続けられる企業だけが生き残れる。