東北大 「国際卓越研究大学」認定候補
政府クラウド 選定、22年度は米大手のみ東北大、半導体・バイオで世界照準 10兆円ファンド支援第1号
新興1500社計画を評価 組織の変革欠かせず
(日経新聞 2023/09/03 朝刊記事)
文部科学省は1日、大学の研究力を高めるために政府が創設した10兆円規模の大学ファンドで初の支援対象候補に東北大を選んだと発表した。巨額支援をもとに成長分野である半導体や材料科学、バイオ分野などを伸ばし、スタートアップを8倍の1500社に増やす計画が評価された。世界最高水準の研究大学をつくる構想が本格的に動き出す。
大学ファンドは文部科学省が「国際卓越研究大学」に選んだ数校をファンドの運用益で支援する制度だ。同省の有識者会議が公募に応じた10大学の計画を審査し、東北大を選んだ。
審査で重視したのは成長性と計画の具体性だ。
東北大が強みとする研究分野は多岐にわたる。なかでも半導体は過去に著名研究者を輩出。大野英男学長も電子の微小な磁石の性質(スピン)を使って省エネルギーの次世代半導体を実現する「スピントロニクス」の研究で世界第一人者だ。
産業化の動きも進む。消費電力を従来のメモリーの100分の1に低減できるとされる新技術「MRAM」(磁気記録式メモリー)では、スタートアップのパワースピン(仙台市)に東北大全額出資のベンチャーキャピタルが資金を投じて事業化を支援する。
材料科学はノーベル賞級の成果も出してきた。2011年のノーベル化学賞の授賞テーマとなった第3の固体とも呼ばれる「準結晶」に関する研究では、教授だった故・蔡安邦氏が受賞を逃したものの「重要な役割を果たした」と評価された。
これらの蓄積は24年度にも稼働する次世代放射光施設「ナノテラス」で生かされる。原子レベルで物質を見ることができる施設で、新素材開発につながると期待される。
バイオ分野では500億円を投じ、地域住民や3世代のゲノム(全遺伝情報)や生体試料を集め、解析・保存を行う「東北メディカル・メガバンク計画」を進めてきた。
21年には武田薬品工業など製薬会社が参画し、コンソーシアムが発足した。東北大の東北メディカル・メガバンク機構などが保管する健康調査情報を活用し、先天性無歯症の病因・病態の解明に取り組む動きも始まっている。
東北大は組織変革に取り組む姿勢も学内に浸透していると評価された。選考の最終段階まで残りながら候補外となった東京大や京都大と明暗を分けた点もここにあった。
東大は分野横断で研究・教育を強化する組織を設ける計画を示したが、有識者会議からはスピード感に欠け、工程も具体化していないと指摘された。研究組織の改革を掲げた京大も責任の所在と指示命令系統が不明確との指摘を受けた。
卓越大になっても世界トップになれる保証はない。
大学ファンドの22年度の運用成果は604億円の赤字で、3月末時点で含み損は1259億円だった。株式の配当や確定した損益を合算した損益計算書上の当期利益は742億円で、21年度の繰越欠損金を引いた680億円が助成原資となる。
24年度は東北大に100億円程度を助成する方針だが、その後は「運用益の範囲内での助成になる」(同省担当者)。利益を出せなければ支援は絵に描いた餅になる。
ガバナンス改革も課題だ。卓越大は法人トップの人選など重要事項を決める合議体を設けることが求められる。過半数を学外者にすることが望ましいとされるが、大学側では経営の主導権が奪われかねないと懸念する声が上がる。
政策研究大学院大の隅蔵康一教授(科学技術政策)は「日本の大学には縦割りの研究組織がなお残り、分野横断で研究を進めやすい欧米の一流大学と差が開く一因になっている」と指摘する。海外トップ大に追いつくための道はなお険しい。