クルマの新生産技術「ギガキャスト」
ギガキャストという言葉を初めて聞きました。超大型のアルミダイキャストということで、テスラの「タイプY」は型締め力8,000トン級のイタリア製アルミ鋳造機とのこと。
この動きは、部品や素材などのサプライチェーンにも大きな影響を与えます。
ギガキャストの採用により、177個の鋼板のプレス部品をわずか2個の部品に置き換わります。プレス部品メーカーやその金型メーカーが淘汰されることにもなります。
また、車の素材の中心が鉄からアルミに大きく変化する為、素材メーカーにも影響が及びます。日本の鉄鋼メーカーの強みである薄くて強度の大きな高張力鋼板を、プレス成型して車体に用いてコスト競争力に優れた車両を開発してきた日本メーカーは、今その鋼板比率を大きく下げていく方向に向かっているわけです。
EVになると、内燃機関や排気管、燃料供給装置、変速機など多数の部品が必要なくなっていきます。
各部品も複雑になり機能性を持たせた複合部品化に向かい、また、自動運転や通信機能など技術高度化も進むため、小規模な部品会社が受注できる余地はどんどん少なくって行きます。
トヨタ、EVでものづくり革新 生産工程や投資を半分に
(日経新聞 2023/07/05 朝刊記事)
トヨタ自動車は4日、新たな生産技術「ギガキャスト」を2026年に発売する電気自動車(EV)に採用する方針を示した。ベルトコンベヤーを使わない自走方式も取り入れる。これらの技術で生産工程や工場投資を2分の1に減らす。米フォード・モーターの創業者、ヘンリー・フォードがベルトコンベヤー式の自動車の大量生産方式を発明して1世紀。電動化で自動車サプライチェーン(供給網)は変革期に入った。
トヨタの中嶋裕樹副社長やEVの専門組織「BEVファクトリー」プレジデントの加藤武郎氏らが「BEVの競争力」をテーマにした説明会を開いた。
「ギガキャスト」、26年の次世代EVから採用
ギガキャストはアルミ鋳造設備で一体成型した巨大な車体部品を製造し、部品点数と生産工程を大幅に減らせる。加藤氏は「26年の次世代EVに搭載しようと考えている。部品や工程の削減で(工場の)土地も有効活用できる」と述べた。EV以外の車種への活用も検討するという。
ギガキャスト採用で生産性は劇的に改善する。トヨタは次世代EVで車体を前部、中央、後部の3つに分ける構造を検討する。そのうち、後部と前部でギガキャストを用いる方針だ。
後部の試作品では従来、86の板金部品を33工程かけて生産していたところを1部品・1工程に集約した。前部であれば、91部品・51工程から1部品・1工程へ減らせる見込みという。
EVは電池のコストが重く、ガソリン車と比べて収益を稼ぎにくい。競争力を高めるにはコスト削減が欠かせない。トヨタは将来的には生産工程の数や生産設備への投資を従来の半分に抑えることを目指しており、ギガキャストはその中核を担うとみられる。
「自走組み立てライン」で脱ベルトコンベヤー
米フォード・モーターは1913年にベルトコンベヤーを用いた自動車の組み立て手法を生みだし、大量生産を実現した。今日に続く自動車の生産ラインの原型だ。
クルマの構造が大きく変わるEVで、従来の延長の生産ラインのカイゼンにとどまるだけでは、コスト削減に限界がある。トヨタは新発想のものづくりにも挑む。ギガキャストで実現した車体の新構造や、ベルトコンベヤーを使わない「自走組み立てライン」を創り上げる構想だ。
車台(プラットホーム)にモーターや電池などを載せて走行できる状態にまで車体を組み立てた後、残りの工程を車が自走して移動する。コンベヤーが不要となり、活用できる工場のスペースが広がる。設備の配置を変えやすくなり、投資も抑えられるようになる。
元町工場(愛知県豊田市)では生産するEVが組み立て工程から検査工程までの間を無人運転で移動する技術を一部で実用化した。量産に必要な準備期間を短くし、生産工程の改良も手早くできる。中嶋氏は「工場の景色を変える」と語る。
テスラ、EVのものづくり革新で先行
EVシフトを契機にしたものづくり変革で先行するのは米テスラだ。ギガキャストと同様の技術を「メガキャスティング」として実用化し、20年に主力EV「モデルY」の後部の車体部品で採用した。その後に前部にも採用を広げ、従来の171個の鉄板部品を2個の巨大アルミ部品に置き換えた。
米ゴールドマン・サックスの調査でテスラのEVの原価は21年に17年比で半分に下がったとされる。メガキャスティングはその原動力になった。テスラの1台当たりの純利益は111万2000円とトヨタの約4.8倍だ。
メガキャスティングの適用範囲は今後、さらに巨大化する可能性もある。テスラに製造装置を供給する中国の工作機械大手・力勁科技集団(LKテクノロジー・ホールディングス、香港)の幹部は「ボディーの下側や上側をそれぞれまるごと成型すれば、EV車体のコストをさらに大きく下げられる」との構想を話す。
アーサー・ディ・リトルジャパンの鈴木裕人パートナーは「EVになると部品点数が減るため、車台を単純化しやすくなり巨大な一体成型部品を使いやすくなっている」と分析する。製造装置メーカーの参入も相次ぐ。スイスのビューラー社や日本のUBEマシナリー(山口県宇部市)が大型製造装置を開発した。
テスラのメガキャスティング活用はEVのものづくり革新の一端にすぎない。まるでパソコンやスマートフォンといったデジタル製品のようにEVを生産する新手法「アンボックストプロセス」の構想を3月に披露した。
車両を6個のモジュール(複合部品)に分割し、それぞれを生産した後に最後に一体化する。従来は小さな鋼板を多く溶接しながら車台を造り、その後にラインで内装部品を搭載していく流れで、ラインは長くなり、時間がかかっていた。
BYDは電池一体型の車台でコスト削減
テスラとEVで覇を競う中国・比亜迪(BYD)も電池を内製する独自の強みを生かしたものづくりを磨いている。電池やモーターなど電動化部品をひとまとめに制御する「e―プラットホーム3.0」を開発した。
特徴は電池を車台の構造部材として活用する点で、車体の部材を省いてコストを下げる。EVの中核部品をほぼ内製するBYDだからこそ造れる電池一体型の車台だ。
自動車産業の後発のテスラやBYDは、未来のあるべき姿から解決策を探る「バックキャスト」の発想でEVの変革に挑む。対するトヨタはトヨタ生産方式やカイゼンに代表されるように徹底的に無駄を省く積み上げ型の手法が強みだ。
慣習や常識にとらわれない新たな競合にトヨタが対抗するには、意識改革がカギとなる。トヨタが5月に新設したBEVファクトリーは、EVの開発と生産、事業展開まで一貫して担う。内燃機関を手掛ける既存の組織と切り離した。
トヨタの佐藤恒治社長は4月の就任直後のインタビューで「EVに適した構造の改革や改善は必要」と語った。「継承と進化」を掲げる新体制の実行力が試される。