より現実的な環境エネルギー「人工原油/合成燃料」

再エネテックの波(4)
人工原油「合成燃料」 航空・船舶の脱炭素の現実解

(日経新聞 2023/06/08 朝刊記事)

チリ最南端プンタ・アレナス。原住民の言葉で「強い風」を意味する「ハルオニ」と呼ばれるプラントで、世界初の合成燃料の量産が始まった。

排出量9割減

合成燃料は再生可能エネルギー由来のグリーン水素と回収した二酸化炭素(CO2)からつくる燃料で、「人工の原油」と言われる。ガソリンよりCO2排出量を9割も減らせる。2027年までに車約1400万台を満タンにできる年5億5000万リットルを生産する。

開発を主導したのが、独フォルクスワーゲン(VW)傘下のポルシェだ。「電気自動車(EV)は持続可能な輸送の最良な解決策だが、既存のエンジン車についても考えないといけない」。VWのオリバー・ブルーメ社長は強調する。

高級車にはエンジン車を好むユーザーが多いほか、充電インフラの整備が遅れている地域もある。EVの移行期にエンジン車と脱炭素を両立するには、合成燃料が有力な手段になるとみる。

3月、追い風が吹いた。欧州連合(EU)は35年にエンジン車の新車販売を禁じる方針を打ち出していたが、合成燃料を利用する場合に限り容認する方針に転じた。ポルシェなどの訴えを受けたドイツが、EVの完全移行に待ったをかけた。

割高なコストの低減につながる動きも出てきた。ポルシェは本格量産後のコストをガソリンより高い1リットル約2ドル(約280円)と想定する。カギが航空業界の脱炭素の本命である再生航空燃料(SAF)への活用だ。

4月25日、EU各国で構成する閣僚理事会と欧州議会は、50年にSAFのうち半分を合成燃料にする方針を打ち出した。

各国が争奪戦

航空業界は電動化は難しい。50年に目標とするCO2の排出量実質ゼロの達成には、世界のジェット燃料の大半の4.5億キロリットルをSAFに替える必要がある。

SAFの原料は廃食油などが主流で、量の確保が難しいEUは大量生産できる合成燃料が有望と判断した。

企業も乗り出す。「デンマークの国内線を合成燃料のみで運航する目標に近づいた」。デンマークの再生エネ大手、ヨーロピアンエナジーは合成燃料の製造を決めた。触媒技術で強みを持つ米バーティマスと連携しコストを下げる。

航空向けの合成燃料の価格はジェット燃料の10倍以上する見通しだが、利用が増えれば、規模の経済が働く。自動車向けのコスト低減にも波及する可能性がある。

船舶でも合成燃料を脱炭素の現実解とみて広がる。デンマークのオーステッドが米国で合成燃料を製造。コンテナ船大手APモラー・マースクに供給する契約を結んだ。

エネルギー転換は地政学のバランスを変えるパワーゲームでもある。産油国もポスト石油の一つとして合成燃料で仕掛けている。

サウジアラビアの国営石油会社のサウジアラムコは15億ドル規模のファンドを設立し、合成燃料などへの技術投資を支援する。サウジは大規模な太陽光発電を導入でき、グリーン水素などの大量生産が可能だ。オイルマネーを武器に、コスト面で高い競争力を持つ。利権を手放すまいとあらゆる次世代燃料に手を伸ばし、供給者としての主導権の維持をもくろむ。

脱炭素のイノベーションは飛び級で進む。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのニコラス・スターン教授は「5年間で重要なグリーンテクノロジーの半分以上が(進展して)転換点を迎え、主な市場で競争力を持つ」と指摘する。遅れは成長の機会を逸するどころか、衰退につながる。

国力と産業をけん引できる強力なカードを握れるか。国の野心もぶつかる再生エネのテック競争を制する者が、世界を制する。

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