脱炭素 トランジション・ファイナンス
トランジション・ファイナンス(移行金融):
化石燃料からの急激な脱却が難しい現実を踏まえ、温暖化ガスの排出量をゼロにする技術が実用化されるまでの「つなぎ」の資金供給。
・船舶の燃料を重油からLNGに切り替えたり、
・燃焼時にCO2を排出しない水素を使った製造工程に改めたり
するのに活用する。
国内では22年調達額が6000億円規模。
環境債(グリーンボンド):
資金の使い道は再生可能エネルギーや電気自動車の普及などに限られる。
いち早い脱炭素への転換が求められる。
22年調達額は2兆円を超える。
脱炭素と金融(上)移行金融、排出ゼロ応急策
電力や鉄鋼、債券発行や融資で 「つなぎ役」の投資後押し
(日経新聞 2023/03/01 朝刊記事)
脱炭素への段階的な移行を金融面から後押しするトランジション・ファイナンス(移行金融)が広がってきた。2022年の国内調達額は6000億円に上る。エネルギー危機を受けて、化石燃料からの急激な脱却が難しい現実を踏まえた動きだが、化石燃料の延命策との批判もある。脱炭素は今年の金融界の重要テーマの一つだ。移行金融の実態と課題に迫る。
兵庫県姫路市にある出光興産の製油所跡。26年の操業開始をめざし、建設が進む大阪ガスの液化天然ガス(LNG)発電所だ。
「トランジション・ローンでの資金調達を真剣に検討したい」。大ガスの担当者が三菱UFJ銀行の担当者に切り出したのは昨年10月だった。まとまった資金をシンジケートローン(協調融資)で得る考えだ。それには脱炭素への戦略を示し、参加行に納得してもらう必要がある。およそ2カ月におよぶ交渉の末、生命保険会社を含めて複数社から計350億円の融資を取り付けた。
発電所の容量は約124万キロワット。ローンのほか、270億円におよぶトランジション・ボンド(移行債)の一部を建設資金に充てる。二酸化炭素(CO2)の排出量を一般的な火力発電所に比べて年114万トン程度減らせるといい、外部の評価機関からは国内でもトップクラスの発電効率を持つとお墨付きを得た。
先行する環境債(グリーンボンド)ではいち早い脱炭素への転換が求められ、資金の使い道も再生可能エネルギーや電気自動車の普及などに限られる。電力や鉄鋼、運輸、化学といった排出量の多い企業は資金調達しづらい課題があった。
足元では世界的なエネルギー需給の逼迫懸念がくすぶり、化石燃料からの急激な脱却が難しさを増している。環境債のハードルは高い。
そこで浸透しつつあるのが移行金融だ。船舶の燃料を重油からLNGに切り替えたり、燃焼時にCO2を排出しない水素を使った製造工程に改めたりするのに活用する。温暖化ガスの排出量をゼロにする技術が実用化されるまでの「つなぎ」の資金供給といえる。目標はあくまで50年のカーボンニュートラル(実質的な排出ゼロ)となる。
資金調達の波は大手企業を中心に広がる。住友化学は昨年秋までに三井住友銀行などから計180億円のトランジション・ローンを調達。効率性が高い発電所の建設などに充てる計画だ。200億円の移行債を発行したIHIは20年度からの3年間に投資する3800億円のうち、3割以上を水素などに関連した技術や電動化に充てる点を訴えた。
脱炭素に向けた技術の研究開発には莫大な投資が必要だ。世界で120を超える国や地域が50年までのカーボンニュートラルを打ち出し、実現には122兆ドル(約1京6000兆円)の資金が要るとされる。資金供給の担い手や資本市場との橋渡し役として金融機関の重みが増している。
日本では金融庁と経済産業省、環境省が移行金融の基本指針を21年5月にまとめた。脱炭素に向けて企業へ科学的な根拠に基づき、透明性の高い情報開示を求めることなどが柱だ。国内では移行金融の調達額が22年に6000億円規模。2兆円を超える環境債には依然として及ばない。
世界的に気温上昇を産業革命前より1.5度以内に抑えるパリ協定と足並みをそろえつつ、脱炭素化が難しい分野では段階的な移行が現実解になるというのが、日本政府や産業界の立場だ。資金面で支える大手行の担当者も「一足飛びの脱炭素化が難しい企業にも円滑な資金供給が必要だ」と強調する。
国際決済銀行(BIS)は脱炭素化により、経済価値を失う座礁資産が最大18兆ドルとはじく。そうした資産を担保に資金を貸し出す銀行にとっては融資の返済が滞りかねない事態に直面する。
日本経済研究センターによると、環境負荷の高い産業が事業の縮小を迫られることで邦銀には50年までに7兆円程度の与信コストが発生するという。
社会の血流を担う銀行は産業界と無縁でいられない。資金を供給して終わりではなく、脱炭素に向けた企業の取り組みが計画に沿っているか弛(たゆ)まない管理が必要だ。他方、世界では移行金融は脱炭素の停滞につながるとの声もなお少なくない。
金融機関には企業と着実に伴走できるかが問われている。