「Sony's Purpose」2012年からの改革総仕上げへ
今更ながら、ソニーグループとして定義したパーパス(存在意義)を知りました。
Sony's Purpose:クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす
大好きなソニーが新たな価値創造に向けて躍進していくことを期待しています!
ソニー、2トップで再成長
「起業家」十時氏、次期社長に EVやメタバース注力
(日経新聞 2023/02/03 朝刊記事)
ソニーグループの経営が新たな段階に入る。4月、吉田憲一郎会長最高経営責任者(CEO)と十時裕樹社長の「2トップ」体制になる。ソニー本体の経営再建のため、両氏が子会社から復帰して10年。エンタメ・半導体事業を中心に過去最高水準の収益力を取り戻した。電気自動車(EV)参入やメタバース活用など新たな価値創造に向けて推進力を倍増させる。
「十時副社長は事業運営に対する深い理解がある。私も事業環境を俯瞰した彼から、多くの気付きと学びを得てきた」。2日にソニー本社で開かれた記者会見で吉田会長兼社長は社長交代の理由をこう述べた。
十時氏との2トップ体制を敷く吉田氏の意図はどこにあるのか。吉田氏は「地政学リスクやテクノロジーの変化など外部環境の変化が非常に激しい」と語る。今回の人事は危機意識の裏返しだ。
13年に当時インターネット通信子会社のソネットエンタテインメントにいた吉田氏と十時氏は、平井一夫前社長からの要請で共にソニーに復帰した。両氏はソニーの経営に参画以来、エレクトロニクス主体の事業構造からエンタメを軸とした会社への変革を推進した。
この10年間でソニーは様変わりした。13年3月期は売上高の4割強をエレキ事業が占めていた。23年3月期のエレキ事業は全体の2割にとどまり、エンタメ事業が5割強を占める見通し。
平井氏が赤字事業からの撤退などの構造改革をし、事業の集中と選択を進めた。後任の吉田氏は19年、パーパス(存在意義)を策定し、テクノロジーとエンタメの融合という新しい経営の方向性を打ち出した。21年には社名も「ソニーグループ」に改め、経営体制の再編に尽力した。
業績が回復するなか、電気自動車(EV)やメタバースなど新領域の事業育成に向けた種もまいてきた。半導体でも台湾積体電路製造(TSMC)などとの新工場建設を決めた。
再成長にアクセルを踏み込もうとしたタイミングに重なったのが、テック業界の退潮だ。新型コロナウイルス禍の「巣ごもり需要」の反動や、世界的な景気後退懸念から米国を中心にテクノロジー業界に逆風が吹く。
ソニーはエンタメやエレキ、金融など多様な事業で成る。グループ全体にパーパスを浸透させ、事業部間連携を深める取り組みは道半ば。同時に新事業を柱に育てる必要もある。吉田氏のワントップでは限界があった。
こうした難局で切り札になったのが十時氏だ。十時氏は「起業家」としての実績で知られる。ソニー銀行の創業メンバーの中心として活躍。ソネットではエムスリーやディー・エヌ・エーなどの投資先の育成を支えた。
最近では成長戦略とするEVなどモビリティー事業の立ち上げを主導し、メタバースでも事業拡大でカギとなる米エピック・ゲームズへの出資などの戦略投資の責任者が十時氏だ。
十時氏は「グループとしてのレジリエンス(強じん性)を高めるカギは多様性だ。人材や事業の多様性はソニーのDNAで、様々な人材の発想力や創造力を開放し、企業も個人も成長する未来を目指す」と抱負を語る。
ただ、思惑通りに2トップ体制が機能するかはわからない。コングロマリットのソニーは過去にも同様に2トップ体制で経営に臨んだものの、つまずいた歴史を繰り返してきた。
出井伸之元会長は就任5年目の00年に社長を安藤国威氏に譲り、自身は会長兼CEOとなった。ただ後に出井氏が著書の中でこの2トップ体制を「最大の失敗」と振り返った。求心力は分散し、3つのDVD録再機を異なる部門がほぼ同時に商品化するなど迷走した。
後任CEOのハワード・ストリンガー氏も05~09年までは自らを会長兼CEOとし社長職は中鉢良治氏が務めた。09年からは社長職も兼務し「1トップ」体制に改めたがソニーの浮上にはつながらなかった。
吉田氏と十時氏は苦楽を共にした戦友で「管鮑(かんぽう)の交わり」とも言える間柄ではある。環境の変化が早く複雑になるなか、異なる意見を柔軟に経営に取り込む局面は増える。2トップの近さはグループに働く遠心力を弱められる半面、経営の柔軟性を奪う懸念はある。
構造改革から成長基盤づくり、そして再成長へ。平井氏、吉田氏からつながれた経営のバトンを受け継ぐ十時氏は改革のギアをどのように一段上げるのか。十時氏の手腕がソニーの「第2の創業」の総仕上げを左右する。