今日の日経新聞ピックアップ(2023/1/27)
- カイシャの未来目覚めるシャインたち(5) 引き抜かれるまで人材磨く
「卒社」後も同志、成長共に
・海辺の町に「出入り自由」な家がある。ネットサービスのガイアックス社長、上田祐司さんの自宅兼シェアハウスだ。日々誰かがドアを開き、滞在し、語らっては去っていく。この家は経営哲学の象徴でもある。
・ある朝、リビングで上田社長ら6人が話し込んでいた。「新入社員の研修内容に悩んでます」。その一人は起業して同社を辞めた河瀬航大さんだ。ガイアックスの新卒入社は累計135人。8割にあたる109人が退職し、うち62人が独立または起業した。河瀬さんのフォトシンスなど4社は上場を果たしている。
・社員は起こした事業を会社として切り出す権利を持つ。同僚の引き抜きも自由で、社内のメーリングリストには独立した社員からの求人が舞い込む。出資や労務管理などの支援策まで用意している。
流出が利益生む
・なぜ貴重な人材を流出させる仕組みをつくるのか。「全社員が高い報酬で他の会社に引っ張られる人材になってほしい」と上田社長は真顔で話す。地力をつけられる場だと発信して才能を呼び込む。彼ら彼女らが上場を果たせば出資に応じた利益を得られ、強く結びついた協業先を増やせる。
・独立した企業はまだ小粒で、理想像へのハードルは高い。それでも挑むのは「会社と社員はフラットな関係」と考えるからだ。
・リクルートワークス研究所の古屋星斗主任研究員は若手社員を対象に、学生時代に「複数の企業や社会人が参加するイベントの主催・運営」など社会経験を多く積んだ人と、そうでない人の離職率を比較した。前者は25%で後者の12%を大きく上回った。
・自立した人材は成果を出すが、成長機会を求めて辞めやすい。「この矛盾を超える方向性は一つしかない。『辞めてもいいじゃないか』です」と古屋研究員は言う。協業などで外から自社に好影響をもたらす人材を増やす。「この『関係社員』という考えを人材育成の指標にしてほしい」
・アルムナイ(同窓生)と呼ぶ関係社員の組織化で先行するのは米国だ。マイクロソフトは28年前に組織した。退職者への福利厚生サービスから始まり、共同事業などへ役割が進化した。
同窓5万人結ぶ
・専用のSNS(交流サイト)やイベントを通じ世界で約5万人がつながり、マイクロソフトからの出資や協業も相次ぐ。事務局のアリ・スペインさんは「多くのCEOは『社員は最も重要な資産だ』と言う。社員たちが退職してもそれは変わりません」と話す。
・日揮ホールディングスが組織するアルムナイは、発足3年で約130人に増えた。退社した若手にシステム開発を業務委託したり、他社を経験して復帰した人材が出たり。成果の一方で、運営にあたる田中悠太さんは頭を悩ませる。「会社として退社を促すメッセージととられないようなバランス作りは難しいです」
・半世紀以上前に確立した終身雇用に慣れた多くの日本企業は「辞めていい」とまでは割り切れない。ただ、自立した人材が活躍の場を求める流れは止められない。大事なのはドアを開けてつながり続けることだ。