日経新聞ピックアップ〈テック展望2023(下)〉

脱炭素、技術革新で挑む

2050年のカーボンニュートラルを見据え、脱炭素を目指す国際的な潮流は23年も続く見込みだ。様々な分野で革新をもたらすと期待される新技術の開発が進む。大きな注目を集める核融合発電、全固体電池、人工光合成の動向を展望する。

核融合発電

開発加速で実用化前倒しも

究極のエネルギー技術といわれる核融合発電が実現に向けて大きく歩み出した。22年12月、米エネルギー省は燃料にレーザーを照射する方式で、米国の研究所が初めて投入エネルギーより大きなエネルギーを取り出すことに成功したとする歴史的な成果を発表した。同じ方式を手掛ける企業などの開発が加速し、50年以降といわれる実用化が早まる可能性もある。

核融合発電は、燃料となる重水素と三重水素の原子核同士を超高温のプラズマ状態にすることで融合させてヘリウム原子に変え、その際に発生するエネルギーで発電する。1グラムの燃料で石油8トン分のエネルギーを取り出せる。燃料供給を止めればすぐ反応が止まり、放射性廃棄物が少なく、従来の原発よりも安全性が高いとされる。

歴史的成果は米ローレンス・リバモア国立研究所の国立点火施設(NIF)の実験で達成した。レーザーを燃料に照射し、投入エネルギーの1.5倍の出力を取り出した。慶応義塾大学の岡野邦彦訪問教授は「NIFの当初の目標である投入エネルギーの5倍には届いていないが、正しい方向に進んでいる証しだ」と評価する。

大阪大学や米ロチェスター大学、米フォーカスト・エナジーなどレーザー核融合を研究する機関や企業は多い。阪大発スタートアップ、エクスフュージョン(大阪府吹田市)の松尾一輝最高経営責任者(CEO)は「レーザー方式は1度のブレークスルーで指数関数的に出力を高められる」と開発の加速に期待する。

核融合にはもう一つの方式がある。磁場でプラズマを閉じ込める「トカマク型」で、日米欧中などが手掛ける大型プロジェクト「国際熱核融合実験炉(ITER)」が進む。2兆円超を投じる計画だ。投入エネルギーを上回る出力を確認できれば実際に発電する原型炉を建設する見通しだ。レーザー方式との競争が注目されている。

全固体電池

EV搭載、20年代後半にも

電気自動車(EV)の次世代電池として「全固体電池」の実用化が迫っている。自動車メーカーは20年代後半にもEVへの搭載を目指すが、耐久性などの技術的な課題は残る。

全固体電池はリチウムイオン電池に使う電解液を固体の電解質に置き換える。発火のリスクが減り安全性が高まる。現行のリチウムイオン電池の性能は理論限界に近づいているという指摘もあるが、全固体にするとイオンの動きやすさや耐熱性などが改善するため、エネルギー密度は現状の数倍充電時間は数分の1にできる可能性があると期待されている。

トヨタ自動車は20年代前半の実用化を目指す。20年に全固体電池の試作車を走らせて期待が高まった。まずはハイブリッド車に使う方針だ。ホンダは24年春に実証ラインを稼働し、20年代後半にEVへの搭載を目指す。日産自動車は28年度のEVへの搭載が目標だ。

実用化への大きな技術課題は、充放電を繰り返すうちに電池材料に隙間が生じて容量などの性能が落ちてしまう現象だ。トヨタの前田昌彦・最高技術責任者は「正直、楽観できる状況ではない」と説明している。

全固体電池の開発が難しいのは、リチウムイオン電池と構造が大きく異なるからだ。電解液なら電極を浸すだけですむが、固体の電解質は電極とくっつけるための特別な技術が求められる。専用の材料も必要だ。全固体電池に詳しい東京工業大学の菅野了次特命教授は「実用化を目指した企業の取り組みはまだ5合目くらい」とみる。

調査会社の富士経済(東京・中央)によると、全固体電池の世界市場は40年に約3兆8000億円に達する見通しだ。30年以降はEV向けがけん引すると予想する。全固体電池を「夢の電池」で終わらせないためには、技術課題を乗り越えられるかにかかっている。

人工光合成

日本、研究リード

太陽光と水、二酸化炭素(CO2)から有用な物質をつくる「人工光合成」の研究が進む。22年12月、欧州で開かれた人工光合成の技術を競う競技会で、東京大学やINPEXなどのチームが優勝し、賞金500万ユーロ(約7億円)を獲得した。

人工光合成は水を分解して水素をつくりCO2と反応させて、燃料やプラスチック原料をつくる。水素をつくる方法には主に水を光触媒で分解する方式と、太陽電池と一体化した電極で水を電気分解する方式がある。

優勝チームは光触媒を使う方式だ。光触媒のシートと水を封止したパネルを多数並べ水素をつくる。水素とCO2からメタンをつくるINPEXの技術を組み合わせた。

まだ変換効率は低い。太陽光のエネルギーのうち、どれだけ物質に変換できたかを示すエネルギー変換効率は1%以下だった。実用化には同5~10%が必要といわれる。研究チームは30年ごろの達成を目標にする。

豊田中央研究所(愛知県長久手市)は同10.5%を報告している。ただ太陽電池を使う手法でコストは高い。東大の堂免一成特別教授(信州大学特別特任教授)は「変換効率が高まる触媒材料にはメドがついた。高品質の光触媒ならばコストと効率が見合うのではないか」と話す。

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