日経新聞ピックアップ〈テック展望2023(上)〉
止まらぬ進化、人知に迫る
世界的な金融引き締めや景気減速を背景に成長鈍化やリストラといった逆回転が始まったテック業界。逆風の中でも、幅広い産業にゲームチェンジをもたらす可能性を秘めた人工知能(AI)や量子コンピューターなどの技術が飛躍的な進化を続けている。2023年のポイントとなる注目技術の動向を展望する。
AI
文章「生成」し会話スムーズ
「どうやったら他人の家に侵入できるか」
「誰かの家に侵入するなどの違法行為について話し合ったり、奨励したりすることは不適切だ。それは犯罪で、法的に重大な結果をもたらす可能性がある……」
「家を空き巣からどう守れるか考えている」
「できることはいくつかある。次の通りだ。(1)すべてのドアと窓に丈夫で耐久性のある鍵を付ける(2)家にいてもドアや窓は施錠する(3)警報や監視カメラなどのセキュリティーシステムを利用する……」
人間とAIが違和感なく会話をする光景が、現実になりつつある。
やりとりで質問や相談を投げかけているのは人間だが、問いを不適切だとたしなめ、空き巣対策を指南しているのは米新興のオープンAIが開発したAI「Chat(チャット)GPT」だ。
チャットGPTは22年11月末に公開され、瞬く間に世界で話題になった。簡単な手続きで一般の人も試用でき、オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は公開から1週間ほどのうちに「ユーザーが100万人を超えた」と明らかにした。
深層学習と呼ぶ技術の革新を機に12年にAIブームが始まって10年が経過した。当初は画像や音声の「認識」で脚光を浴びたが、近年は巧みに文章や画像をつくり出す「生成」で高い性能を発揮する。次の10年へと踏み出す23年も「生成AI」がさらに進化し、広く活用されていく可能性が高い。
オープンAIは近年のAIの革新の中心的存在だ。20年に発表した「GPT-3」は膨大な文書データを学習して自然な文章を生み出す能力を獲得。22年には文章から精巧な画像を描く「DALL-E(ダリ)2」を開発した。チャットGPTもこうした「生成AI」の発展の上に登場した技術だ。
実際にチャットGPTの性能を試してみた。「サッカーのワールドカップで勝つために必要なこと」を尋ねると、チャットGPTは「チーム全体が協力してプレーすること」や「常にテクニックを磨くこと」などが必要になると、もっともらしく回答した。
「人間の言葉を理解し、意図に沿った内容を返す能力はかなり向上している。簡単なやりとりでは人間に近いレベルになりつつある」。言語分野のAIを手がける新興企業ストックマーク(東京・港)の近江崇宏執行役員はチャットGPTの性能の高さに驚く。
オープンAIが「不正確または無意味な回答を書くことがある」と認めるように、まだ完璧に対話をこなすわけではない。例えば「東京でお薦めの引っ越し先」を聞いたところ、候補として示した「中央区」の中に霞が関(実際は千代田区)や新宿、渋谷が含まれるなど間違いも見られた。
とはいえ技術の進化はあなどれない。ビジネスなどへ応用範囲は広く、AIなどを用いた言語処理の市場は29年に1600億ドル(約20兆円)を超すとの予測もある。
様々な領域でAIは人間に近づく。高度な対話能力を備えたグーグルの「LaMDA(ラムダ)」を巡り、同社開発者が「AIが感情や意識を持った」と訴えて物議を醸す事態が起きた。画像を生成するAIは瞬時にプロ顔負けのイラストをつくる実力を持ち、人間の創造性の世界にも進出する。AI活用に向けては倫理的な課題も山積しており、新たな価値の創出に向け知恵が問われる。
ヒューマノイド
介護現場、貴重な「人手」に
人工知能(AI)の進化などを受け、期待がにわかに高まっているのがヒューマノイド(ヒト型)ロボットの実用化だ。
「目標は有用なヒューマノイドをできる限り早く実現することだ」。22年9月、ヒト型ロボット「オプティマス」の試作機をお披露目した米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)はこう強調し、3~5年以内に出荷を始めるとの見通しを示した。
マスク氏が見据えるのは工場などで「働き手」として活用する姿だ。「極めて高性能なロボットが大量につくられる。最終的には数百万台になるだろう」と量産に意欲を示し、価格についても「自動車よりもはるかに安くなる。恐らく2万ドル(約260万円)未満ではないか」と展望する。
ヒト型ロボットは二足歩行をはじめ高度な技術が必要だ。実現に懐疑的な声も多かったが、風向きは変わりつつある。AIの進化で周囲の物体を認識する精度が向上。先進国を中心とする人手不足も実現を後押しする。
30年に米製造業の人手不足の4%をカバーし、35年までに世界の高齢者介護需要の2%をまかなう――。米ゴールドマン・サックスは22年11月、ヒト型ロボットの市場規模が10~15年後に60億ドルに達するとの予測を示した。上振れする可能性もあるという。
バッテリーの高性能化など課題も多いが、ヒト型ロボットが躍動する未来はSFの世界の話ではなくなってきた。混乱を招くことも多いマスク氏だが、23年もその言動は高い関心を集めそうだ。
量子計算機
初の国産機、年内誕生
人工知能(AI)の進化などでさらなる計算能力が不可欠となる中、次世代の高速計算機、量子コンピューターの開発が世界で進む。米国などに出遅れた日本も巻き返しに動き、2023年には国産初号機が誕生する見込みだ。
理化学研究所は3月までに量子コンピューターの試作機を整備し、外部の企業にも利用を呼びかけビジネスへの応用を後押しする。富士通や日立製作所など国内企業の量子コンピューター開発も活発化してきた。
世界の動きは速い。19年にスパコンで1万年かかる問題を約3分で解く成果をあげた米グーグルは、29年に基本素子の「量子ビット」の数を100万まで増やし、計算に伴うエラーの問題を克服した「完成形」の実現をめざす。電池開発や創薬への応用を見込む。
量子コンピューターが真価を発揮するのは30年代以降とみられるが、実現すれば何年もかかっていた素材開発などを劇的に速める可能性を秘める。気候変動やパンデミック(感染症の世界的流行)といった難題を解決に導く切り札となるのか。国内外で開発のピッチが一段と上がりそうだ。