今日の日経新聞ピックアップ(2022/11/29)
- 試練の先に(中)移行の現実解「薄茶色」
製造業、低炭素鋼に触手
・「できるだけ早く供給してほしい」。今夏、日本の自動車大手の調達担当者がスウェーデンの鉄鋼メーカーSSABに水面下で接触した。狙いは同社がいち早く実用化した低炭素鋼材。鉄鉱石から鉄を取り出す際、一般的な石炭ではなく水素を使い、二酸化炭素(CO2)排出量を限りなくゼロに近づけた。
欧州勢が採用
・石炭を使う高炉で1トンの鉄をつくるためには約2トンのCO2が出る。排出量削減への圧力が強まり、調達網の見直しを迫られる製造業がこぞってSSABの低炭素鋼に触手を伸ばす。マーティン・リンドクヴィスト社長は「当社の鋼材に強い関心が寄せられている」。スウェーデンのボルボ・カーや独メルセデス・ベンツが採用を決めた。
・第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)に合わせ、脱炭素を目指す国際的な企業連合ファースト・ムーバーズ・コアリション(FMC)は120億ドル(約1兆7千億円)の投資を打ち出した。発足メンバーのSSABも今は年6千トン規模の低炭素鋼の供給量を2026年には130万トンに増やす。それでも全世界の鉄鋼需要の0.1%も満たせない。
・低炭素鋼材をつくる水素製鉄は製造過程でCO2を出さない「グリーン水素」を大量に確保できることが前提だ。水を分解する電力の9割超を脱炭素電源でまかなえるスウェーデンのモデルは、たとえ技術があっても他の国では実現が難しい。
・日本が探る現実解は、一足飛びにグリーンを目指さず段階的に「移行」していく戦略だ。JFEホールディングスは27年にも岡山県の高炉1基を電炉に転換する方針だ。電気で鉄スクラップを溶かす電炉のCO2排出量は高炉の約4分の1とされる。一気に緑にはならなくても、今の茶色がかなり薄い茶色になる。
・「トランジション(移行)期の活動が重要になる」(JFEスチールの北野嘉久社長)。電炉の活用などで削減した排出枠を使い、JFEはCO2実質ゼロの「グリーン鋼材」の供給を始める。
・ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー危機に直面し、早急な脱炭素を求めてきた世界の機関投資家も現実的な移行へと投資対象を広げる。
LNGを再評価
・東京電力ホールディングスと中部電力が出資するJERAは今年5月、200億円の移行債を発行した。石炭火力でアンモニアも燃料に使ってCO2を削減する技術の開発や、高効率の液化天然ガス(LNG)火力への転換に資金をあてる。
・昨年まで石炭火力を持つJERAには融資しにくいとの声も一部の金融機関から出ていた。酒入和男副社長は「ウクライナ危機以降、『移行』にLNGが重要だと感覚が変わってきた」と話す。
・エネルギー危機により電力の安定供給を脅かされる世界では、薄茶色のテクノロジーを生かすルール作りも重要になる。代表例が自動車産業だ。
・「自動車のCO2排出量をゼロにするという強いメッセージだ」。欧州連合(EU)の欧州委員会で環境政策を統括するフランス・ティメルマンス上級副委員長は10月に出した声明で訴えた。EUは35年、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)も含む内燃機関車の販売を事実上禁止する。米カリフォルニア州やニューヨーク州もHVやPHVへの規制強化に動く。
・欧州委員会の調査によると30年時点でPHVはエンジン車と比べCO2を6割削減する効果がある。7割の電気自動車(EV)には劣るが、脱炭素電源が整わない段階では有望な技術だ。
・欧米が進めるルール変更にはEV転換を急ぎ、地場メーカー優位の構図を築こうとの意図も透ける。日本は移行期のルール作りで主導権を握るための構想力が問われる。 - プラ生産、植物のみ原料 南米化学大手、日本で初
・ブラジル化学大手ブラスケムは2026年にも、植物を原料としたプラスチック素材の生産を日本で始める。つくるのはレジ袋や容器などに使うポリエチレンで、同社はサトウキビなどから量産するノウハウがある。石油由来のポリエチレンの国内生産量の1割に当たる年間20万トン規模の生産を想定する。日本で植物のみを原料としたポリエチレンの本格生産は初めてで、二酸化炭素(CO2)排出量の多い化学分野での脱炭素の取り組みが加速しそうだ。
・ブラスケムは21年12月期の売上高が約200億ドル(2兆8千億円)と、世界の化学メーカーで20位以内に入る。サトウキビの搾りかすからエタノールをつくり、プラスチックの原料となるエチレンと、同素材からポリエチレンを生産する独自技術を持つ。10年代に世界で初めて植物のみを原料としたポリエチレンを量産する工場をブラジルに約400億円を投じて建設し稼働させた。現在、年20万トン程度の生産能力がある。
・日本では国内化学大手などと協業し、早ければ23年に合弁会社を設ける。インフラの整う化学工場近隣の遊休地などで新工場建設を検討する。投資額は少なくとも2億ドル以上となるもようだ。 - セブン&アイの米コンビニ、成長性注視
市場、百貨店売却に反応薄
・「懸案」のそごう・西武の売却が決まってもセブン&アイ・ホールディングスの株価への反応が鈍い。時価総額は5兆円と9月の直近高値を約3000億円下回り、独自試算した会社の価値に1兆円足りない。市場の視線は脱百貨店より、米コンビニエンスストア事業の成長性にあるようだ。
・各事業のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)から会社全体の価値を求めると6兆円で、足元の時価総額は約16%割り引かれている。うち百貨店・専門店は1000億円で全体の2%未満だが、資産は5000億円強と同6%ある。赤字が続くなど資源を有効活用できておらず、株価の重荷とされていた。
・そんな百貨店売却だが最終報道が出た後の10日の株価は1%高と鈍い。海外軸の成長を掲げる同社に「投資家が求めるのは米コンビニの長期的な成長戦略の明確化なのだろう」(クレディ・スイス証券の風早隆弘氏)。
・ただ海外コンビニは売上高営業利益率が低下傾向だ。前期は3%強で21年2月期の4%強から悪化。スピードウェイ買収によるのれん増や低収益のガソリンの売上高比率上昇などが響いた。総資産回転率も1.6回と買収前(2回程度)より低く、資産に見合う売上高や利益を生めていない。
・連結全体の自己資本利益率(ROE)は前期7.5%で米ウォルマート(17%)や同業のカナダのアリマンタシォン・クシュタール(22%)などに見劣る。ROEの構成要素の売上高純利益率が2.4%とクシュタール(4.3%)に届かない。総資産回転率も1.1回とウォルマート(2.3回)より低い。ROE向上には海外コンビニのテコ入れが課題だ。
・会社は米コンビニを伸ばすためサンドイッチなどフレッシュフードに注力する。販売は好調で23~24年にも2つの新工場を稼働予定だ。粗利率5割超のプライベートブランド(PB)商品も増やす。現地のPB売上高は、前期12億ドル(約1700億円)を26年2月期に21億ドルへ増やす。
・効率性を高めるM&A(合併・買収)も焦点だ。米コンビニは中小企業や個人店が多く、材料調達や物流面で買収効果を見込みやすい。
・「セブン―イレブンを核としたグローバル成長戦略を一層推し進める」。11日のそごう・西武売却の発表時、会社は主張した。市場はその言葉以上に規模、収益性で「世界トップ」のコンビニになれるかを見極めようとしている。 - 腕1本、負担軽い手術ロボ
米社の「ダビンチ」に新型 のどのがん、治療しやすく
・医師の手術を支援するロボットで、新型機が日本で相次ぎ登場する。「ダビンチ」を手がける米インテュイティブサージカルは、従来の4本アームを1本にした新型機を2023年にも発売する。喉などの治療がしやすくなる。アイルランドのメドトロニックや国内勢も新型機を投入予定で、身体への負担が小さいロボット手術の裾野が広がりそうだ。
・インテュイティブは、新型手術ロボ「ダビンチ SP サージカルシステム」の製造販売承認を国内でこのほど取得した。手術に使う3本の鉗子(かんし)と、内視鏡を1本の手術アームに集約した。従来モデルは鉗子と内視鏡が4本の手術アームに分かれ、患者の身体に4カ所の穴を空けていた。新型機は1カ所の穴で治療できる。
・特に口から管を入れて喉を治療するなど、小さなスペースでの手術に強みを持つ。のどのがん手術などは、1本アームの新型機で患者への負担がより小さくなることが期待できる。
・従来機が承認を取得した消化器科や泌尿器科などの手術を支援できる。ただ新型機では身体に挿し込む管が太くなったため、心臓手術には使えない。日本での実用化は米国や韓国に続く3カ国目。インテュイティブは「従来機を導入した病院が、追加購入することを主に想定している」。
・手術支援ロボは、各社が日本市場への導入を進めている。医療機器世界大手のメドトロニックは12月にも手術支援ロボ「ヒューゴ」を国内で発売する。内視鏡を含めた4本のアームがそれぞれ独立しているのが特徴だ。医師が最適と考える方向にそれぞれのアームを配置できる。
・施術する医師が手元だけでなく手術室全体を見渡せるよう、操縦席にはモニター型の「オープンコンソール」を採用した。3Dゴーグルを着用してモニターを見る仕組みで、「熟練した医師の手術を、若手医師が見て学べる」(メドトロニック)。
・国内勢では、東京工業大学発のリバーフィールド(東京・港)が23年にも手術支援ロボを販売する予定。ロボの鉗子が患者の臓器にどれだけの力を与えているのか、空気圧で術者の手に伝わる機能を備える。価格は1億円以下を想定し、「中堅クラスの病院にも導入してほしい」(只野耕太郎社長)。
・調査会社のグローバルインフォメーションによると、医療向けロボの市場規模は30年に764億ドル(約11兆円)と22年から年平均17.4%増えると予測する。川崎重工業とシスメックスが折半出資するメディカロイド(神戸市)も10月、手術ロボで消化器と婦人科領域に手術支援の対象を拡大した。用途はこれまで泌尿器に限られていたが、より多くの手術に対応できるようになった。10月にはシンガポール拠点を設立し、23年度にもアジア圏での承認取得を目指している。 - 伊藤忠、太陽光パネル再生 1工場で最大年1.5万トン 銀・銅・シリコン、仏社技術で回収 24年にも
・伊藤忠商事は太陽光パネルのリサイクル事業に乗り出す。パネルから貴金属などを取り出す独自の技術を持つフランスのスタートアップに出資し、早ければ2024年から日本で事業を始める。銀と銅、シリコンの分離回収ができるようになり、埋め立て処理されることが多いセル部分の大半を再利用する。30年代以降、日本でパネルの大量廃棄が見込まれており、新技術の導入で循環型モデルを構築する。
・フランスのROSI(ロシ)と組んで日本での事業を展開する。ロシは17年設立で、太陽光パネルから銀や銅、シリコンを分離して取り出す技術を持つ。伊藤忠は合弁事業の展開を見据え、ロシの第三者割当増資を引き受けた。投資額は数億円とみられる。
・伊藤忠はロシと日本に合弁会社を立ち上げる方針で、今後、他の事業パートナーも募る。産廃処理を手がける企業のほか、金属リサイクルのノウハウを持つ非鉄企業などを想定している。伊藤忠とロシは新会社を通じて複数のリサイクル工場を建設する計画で、処理能力は1工場あたり年1万~1万5000トンになる見通しだ。
・パネルの回収では伊藤忠が出資する新電力のアイ・グリッド・ソリューションズ(東京・千代田)や太陽光発電所開発のクリーンエナジーコネクト(同)などと連携する。
・太陽光パネルで発電を担うセル部分にはシリコンが使われ、電気を通すための表面の配線には銀や銅を用いる。型枠部分のアルミニウムやパネルをつなぐ銅線、パネル表面に貼るガラスについては回収が比較的容易でリサイクルの取り組みが進んでいる。
・だがセル部分については銀や銅をはがすことが技術的に難しく、埋め立てられたり精錬業者が買い取ったりするケースが多い。パネル全体の資源価値の3~4割程度にとどまり、リサイクル手法の確立が課題となっていた。
・ロシの手法はまず熱処理することでガラスとセルの間の封止材を除去する。その後、細かくなったセルを特殊な溶液に複数回浸すことなどで、セルの表面から銀と銅をはがして回収する。銀と銅、シリコンを分けて回収できるようになり、純度の高い金属を高値で販売できるほか、シリコンは半導体向けに再利用できる。埋め立て処理に回す部材もほぼなくなり、廃棄費用も大幅に抑制できるという。
・国際エネルギー機関(IEA)によると、世界の太陽光発電の累積導入量は21年で950ギガワット程度に上る。欧州では00年代に再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)が始まり、日本よりも早く太陽光発電が普及した。太陽光パネルの耐用年数は20年程度とされており、20年代半ばから廃棄が増えていく見込みだ。
・ロシが本社を置くフランスでは政府主導で回収とリサイクルの仕組みづくりが既に始まっている。政府が指定する機関が太陽光パネルの回収を一元管理しており、21年にリサイクルの公共入札を実施。ロシが参加する企業連合を含む3つの連合が選定されている。ロシは23年にもフランスでリサイクル工場を稼働させる予定だ。
・日本は12年度のFIT導入を契機に、ゴルフ場の跡地などで大規模な太陽光発電所の開発が急ピッチで進んだ。経済産業省によると、国内の太陽光発電の発電量は11年度の48億キロワット時から21年度には861億キロワット時と18倍に膨らんでいる。
・環境省によると、太陽光パネルの寿命を25年とした場合、20年に2800トンだった廃棄量は39年には約280倍の77万5000トンに増える見込みだ。現状ではゴルフボールがぶつかって破損した太陽光パネルの交換などにとどまっており、リサイクルやリユースに回すパネルの枚数はまだ少ない。
・太陽光発電協会の資料によると、太陽光パネルのリサイクルが可能な産業廃棄物中間処理業者は東芝環境ソリューション(横浜市)やオリックス環境(東京・港)など計36社にのぼる。パネルを再利用したり、より効率的にリサイクルしたりする新たな手法の確立に動く企業も増えている。
・三菱ケミカルグループ傘下の新菱(北九州市)は23年春に北九州市で廃棄パネルを資源化する新工場を稼働する。熱処理によってパネルから封止材を除去した後、振動や風力を使った3段階の工程によってガラスや銅、銀などを選別。ほぼ全てを再利用できるようにする。
・現時点では需要が少なく、事業規模の面で採算性を確保することが難しい分野だが、日本でも今後予想される大量廃棄に備えて、新技術開発やビジネスモデルの構築が急務だ。伊藤忠は先行する欧州の技術や知見を取り込んで早期に事業化することで、主導権を握る狙いだ。