日経新聞「事業承継・町工場技能どう生かす」①~③
中小製造業の代替わり、創業理念・技術進化の明文化を
事業承継・町工場技能どう生かす①
明治大学教授 森下正氏
中小製造業は日本全体のものづくりの基盤を支えています。ハイテク産業は日本から海外への移転が進みました。一方で、日本の鋳物や金型、研磨など伝統的な製造業は100年あまりで、手作りから自動機の活用や生産技術の進化に対応してきました。今でも国内には世界で高い競争力を誇る技能を持つ中小企業、町工場があります。
事業承継を続けてきた中小製造業は基盤技術を高度に変えています。例えば部品の加工素材を銅からステンレスや炭素繊維にしたり、半導体製品の一部素材をセラミックからダイヤモンドにしたりしています。
時代に合わせて事業や基盤技術を変遷できるかどうか、ものづくり企業の命運を握るのがマネジメント力です。具体的には生産技術や開発力、マーケティング力などを指します。
愛媛県の「今治タオル」、米アップルも注目した新潟県の燕三条地域の金属加工など、伝統技能を磨いて高級品で成長する中小企業が好例です。この10年ほどで多少値段が張っても高品質な製品が売れるようになりました。マーケティングで消費者ニーズを捉え、伝統技能に新たなテクノロジーを入れて新製品を開発することが大切です。
事業承継でもマネジメント力が成功を左右します。顧客や仕入れ先、先代がどのような事業をしてきたかを詳細に記録。その上で、明確なビジョンや家訓を持つ企業は親族・従業員への承継にあまり苦労していないと思います。創業からの経営理念、事業の変遷が基盤となります。後継者はそのマネジメント力を生かし、次の20~30年での挑戦を考えることができます。
製造業は卸売業やサービス業と比べて、実際につくったモノが見えるので、後継者がどのような事業をするのか分かりやすい特徴があります。
経営者の子息を後継者にすべきかどうかは、地域などのコミュニティーもポイントです。中小企業の経営者同士など、人のつながりが強い地域は子どもが「やはり地元がいい」と家業に戻り、後を継ぎやすい傾向にあります。ビジネスは人間関係がゼロの状態から進めるのは難しいです。承継後に新たなことに挑戦するときも、伝統的な人脈が最初の顧客になってくれるメリットがあります。
また、後継者が決まらないのは初代から2代目への承継を目指す企業に多いと感じます。創業者の経営方法が自分の頭にとどまり、外に分かる形で示されていないためです。何代も承継を繰り返している企業は明確な採用基準、給与規定などがあり、経営理念や経営計画が明文化されています。
後継者不在の場合は第三者によるM&A(合併・買収)も選択肢です。製造業は特に零細企業が減り、同業同士での合併が難しい場合は異業種への承継も考える必要があります。
自社ブランド発足で成長、OEMの減少危機から挑戦
事業承継・町工場技能どう生かす②
インターナショナルシューズ専務 上田誠一郎氏
大阪市浪速区で、60年以上続く靴工場が家業です。靴とかばんの大手専門店で働いた後、2015年に家業に入りました。将来、会社を継ぐためです。女性のパンプスやブーツなどのOEM(相手先ブランドによる生産)を手がけていましたが、当時の顧客はわずか2社。15年に入社してまもなく、1社が民事再生法の適用に。商品を詰めた2つのスーツケースを持ち、営業で駆け回りました。
転機は19年に参加した「大阪商品計画」です。大阪府が地域商品を支援する事業で、デザイナーと商品開発を話し合い、男性の靴に挑むことになります。
20年に「brightway(ブライトウェイ)」という本革のスニーカーブランドを立ち上げました。木型製作や革の扱いなど、創業から培ってきたノウハウをいかし、履きやすさを追求。余剰在庫の廃棄という業界課題の解決にもつなげるため、10年後も愛されるシンプルなデザインにこだわり、色は黒と白に絞りました。
男性向けと女性向けの商品を展開し、当初はクラウドファンディングサイトで発売し、目標金額を上回る反響に。今は百貨店やセレクトショップにも販路を広げています。
他社から「うちの商品もつくってほしい」という依頼が相次ぎ、ブライトウェイはOEMの顧客獲得につながりました。
従来の靴メーカーは海外工場への製造委託が多かったのですが、円安や物流費の高騰でコストが上昇。さらに新型コロナウイルス禍の影響で納期が見通しづらくなるなか、「大阪でつくっている」という安心感も追い風のようです。
コストや納期だけでなく、品質面でも各スニーカーブランドに貢献するため、デザインや雰囲気にあった素材を提案するように心がけています。今では企業顧客が30社に増えて、このうち男性用ブランドが15社、ユニセックスブランドが11社です。男性用の靴に挑み、顧客層が一気に広がりました。
技術伝承も大切です。分業制の強い産業ですが、近年の入社社員は全工程を体験し、その後に特定の工程に入ってもらっています。靴全体のものづくりを意識してもらうためです。服飾学校からスニーカーの製作研修で学生を受け入れて、受講生の入社事例も出てきました。
創業者の祖父は世界中の人に自分たちの靴を履いてほしいと願い、「インターナショナルシューズ」という社名をつけました。今後はブライトウェイの海外展開に力を注ぎます。
「つくれる」という力は強みです。「あの会社に頼めば間違いない」と思ってもらえる存在になり、淘汰の激しい環境下でも生き残っていきます。
3Dでスピード試作 産業界の共通ニーズに着目
事業承継・町工場技能どう生かす③
スワニー社長 橋爪良博氏
2010年、家電や自動車向け部品などを製造していたスワニー(長野県伊那市)を父親から継ぎました。取引先が人件費の安い海外に拠点を移し、事業が苦しかった時期です。リスクを分散するため、様々な業界で普遍的に利用される事業に着目。3次元(3D)プリンターでの樹脂製の金型製作サービスに活路を見いだしました。今は従業員が15人ほどで、取引先は900社程度に増えました。
創業は1970年で、大手企業向けにモーターやコンデンサーを製造していました。私が小学生のころは従業員数が100人程度になって順風満帆でしたが、そこがピークでした。数少ない納入先が生産コストを下げるために海外に拠点を移し、経営が傾き始めたのです。
中学生になると工場が稼働しない時間が増え、従業員数は徐々に減少。私が事業を承継した時は父親と母親だけでした。資金も機材も足りず、マイナスからのスタートでしたが、新規事業に挑もうと覚悟が決まった瞬間でもあります。
暗転する会社を見て、子どもながらに感じたのは「リスク分散」と「新しい挑戦」の重要性です。取引先を絞ると、契約を切られたときの影響は計り知れません。様々な業界で利用されるサービスを開発し、取引先の拡大に注力しました。
着目したのが3Dプリンターです。「アイデアをすぐに形にしたい」という需要は幅広い産業に共通してあります。従来は1~2カ月程度かかった金型製作を樹脂製にし、最短1日にしました。コストも抑え、迅速な試作や小ロット生産のニーズをつかみました。取引先が増え、医療分野にも進出しています。
私は製図の専門学校を卒業した後、10年ほど大手電機メーカーやデザイン会社などで勤務。当時扱っていた光造形機の知識などが役立ちました。
事業転換が進んだ背景として、従業員がいなかった点も大きいと思います。他の経営者からは老舗になるほど、社員が新しい挑戦に反発しがちだと聞きました。しかし、新事業でも人脈や信頼などは必ず生きます。
3Dプリンターは異なる素材を重ねて成形するため、強度や熱耐久性が高いです。精度は若干落ちますが、設計力で補えます。小型の3Dプリンターや切削機器を活用し、樹脂製の金型の設計から成形までできるシステムの外販も始め、大手電機メーカーの導入が決まりました。
安価で高品質の海外製品が増え、「日本産は高くても売れる」という時代は終わりつつあります。設計段階から製造工程や部品数を減らして生産コストを抑え、世界の価格競争にも勝てる新たな「メイドインジャパン」の構築に貢献したいです。